Domaine de George Sand à Nohant-Vic ノアン・ヴィックのジョルジュ・サンド邸

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今年初めてのフランスから無事に帰国しました。無事?久しぶりに数日間ロストバゲージを経験しましたが、よい教訓となりました。

フランス・パリは、観測史上一番寒い3月だったようで?、私もカイロが手放せない毎日でしたが、その中でも、本格的な春を待ちわびるように咲き誇る花々に、元気をもらいました。




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レポしたいことはたくさんありますが・・

今回は、フランス中部ベリー地方の、かのジョルジュ・サンドの館へ。オステルリッツからSNCFに揺られシャトールーで下車。館のあるノアン・ヴィックまではバスを利用。しかし、行きはよいよいで…帰りのバスが予約制であることに気づかず(日本では考えられないシステムw)、危うくパリ行き列車に乗り遅れそうに!デジュネ先のムッシュが助けてくれて事なきを得ましたが(最後にレポします)。

起伏に富んだ景観、美しい花々に彩られた家々が点在する、フランスのカンパーニュ風景を車窓から楽しみつつ・・ノアン・ヴィックに到着。







ショパンを聴きながらレポートをまとめました。今回の旅では私の頭の中はショパンの曲がエンドレス・・♪





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バスを降り案内板に従って歩いて行けばサンド邸に着きますが、この案内板は矢印が逆~~><




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館の手前にショパンの胸像が見えてきます。でも、館の外という・・

芸術家として最も輝かしい時期をここノアン・ヴィックで過ごしたサンドとショパンでしたが、1847年には別離。。館に残されたショパンの私物を全て排除したサンドでしたが、胸像(後世)まで・・と思ってしまいました。。なにがそうさせたのでしょうか。。それはもはや"ふたり"にしかわからないこと。。





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サンドの館のある広場には、教会、観光案内所、プチホテルがあるだけ。本当にこじんまりとした村。





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その辺をサンドとショパンが歩いていそうな雰囲気。。




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18世紀に建てられた趣のあるジョルジュ・サンドの館。ここは、父親を事故で亡くしたオーロール・デュパン(サンドの本名。ペンネームはジャーナリストのジュール・サンドに由来)が祖母に引き取られ、幼少期と青春の一時期を過ごし、72歳で没するまで生涯の半分以上を過ごしたところ。





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ショパンは、パリの喧騒を離れて作曲に没頭できる唯一の創造のアトリエとして、夏ごとにこの地に滞在、1839年から1846年までの7回の夏をこのノアンの館で過ごし、全体の3分の2に及ぶ黄金時代の作品を残した、いわばショパン愛好家の聖地ともいえる場所。

館の見学は全てガイド付き、自由に見て回ることはできません。
Domaine de George Sand a Nohant




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ガイドの時間までサンド家の墓地を詣でる。。

ショパンは「ソナタ第2番 変ロ短調 葬送(作品35)」もここで作曲したのですね。。墓地では、そのピアノの音色が聴こえてくるようでした。。安らかに。。




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最新設備に関心を寄せていたサンドの館は、今も快適に住めそう。。

ドラクロワ、リスト、デュマフィス、フロベールなどとの交流の痕跡。。

ショパンに別れを告げ、ショパンの痕跡を排除したサンドだったけど、防音扉はそのまま、色付きのグラスはショパンからサンドへの贈りもの。。




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明るいパウダールーム。。




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サンド終焉の寝室「青の寝室」

男装の麗人と言われていたサンド、調度品のセンスのよさに魅入ってしまった。




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息子のモーリスは、母親サンドの手を借りながら、約200体ものマリオネットを製作。
※真の愛をあらわす緑色のハートチャクラがでてる。。




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娘のソランジュとは折り合いの悪かったサンド・・
※ソランジュのお墓は名前が判明できず。。





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息子とのマリオネット、小物制作は楽しかったことでしょう。。





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売店にて。のちに引き裂かれたドラクロワのサンドとショパンの絵。。




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サンドはいわゆる肝っ玉母さんだったのでしょうね。サンドの手料理がなければ、ショパンの名曲は生まれていないのです。レシピ本、買いたかった~




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バスの時間まで、村を散策。




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そして、前記したように・・

バスは時間を大幅に遅れて到着。。しかも乗ろうとしたら・・

「マダム、予約なしでは乗ることはできませんよ」
「このバスに乗らないと、パリ行きの列車に乗り遅れます」
「そんなこと言われても私にはどうすることもできません。よい?」

でましたww

バスの時刻表→http://www.indre.fr/docs/Aile Bleue 2017/LIGNE_F.pdf
※よく見たら・・電話マークが;




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Nohant-Vic D943のバス停にはこんな小屋が~(待ち時間長いですからね的なw)

ちなみに、パリからノアン・ヴィックへのアクセスは、オステルリッツ駅からトゥルーズ行きのSNCFで約1時間半(私は渡仏前にwebからチケットを購入)Chateaurouxシャトールーで下車。駅を出て左手にバスステーションがあるので、CULANクラン行きのバスに乗り(約40分)Nohant-Vic D943で下車。運賃は3ユーロ、直接バスの運転手さんに支払う。帰りは要予約!←自分に言い聞かせw





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ホントに・・サンドの館近くのプチホテルのムッシュが助けてくれなかったら、パリに戻れないところだった。。(一泊してもいいかな・・と思いつつ。化粧品の用意がなかったw)デジュネでチップをはずんでおいてよかった^^;





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ショパンコース(35ユーロ)とサンドコース(55ユーロ)もありましたが、私はサンドーコースをセレクト。

Menu Sandeau 22€
Terrine de l'auberge de Nohant et sa confiture d'oignons
Joue de Boeuf braisé à l'ancienne
Tatin de pommes à la chantilly




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これが・・素朴なフランスの田舎料理で美味しく。。BGMはもちろんショパン。。薪をくべる音。。窓の外にはサンドの館。。
※後日、残したバゲットでパンペルドゥを作ったら、信じられないくらい美味しかった!





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Auberge De La Petite Fadette




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ホテルの名前はサンドの著書から引用。





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Jonquille水仙を見たらノアン・ヴィックを・・今回の旅を思い出しそう。。




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ちょこっとピクニック撮影♪




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シャトールーの駅前にはピアノ屋さん♪




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帰りの列車でインスタとツイッターとフェイスブックに投稿。




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パリでも引き続き二人の痕跡を追ってみた。。

終焉後のヴァンドーム広場(現在CHAUMET)と1842年7月ノアンからパリに戻ったふたりが住んだSquare d’Orléansにはプレートが。でも、その他は、痕跡なし。。

ショパンの音楽への親しみがぐっと増した旅だった。。♪





by cocobear-riko | 2018-04-10 03:01 | トランクはパリに預け・・ | Comments(0)

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by cocobear-riko
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