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「美しいキモノ」スナップ写真トリプル受賞のご報告!
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余寒お見舞い申し上げます。(_ _)

私はいま「かわいいもの展」の仕上げにかかっているところですが、そんな中、吉報が!

2017年2月8日(水)~26日(日)
「Che carina ! ~かわいいもの展~」
大阪・ギャラリーsiroiro./シロイロ
※作品は後日ご紹介

「美しいキモノ(2016年秋号)」ハーネスト婦人画報の着物スナップ写真コンテストで、私の写真が受賞していたとの知らせを受けました♡(急きょアマゾンでお取り寄せ~)




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縁あって2011年より着物を着るようになりました。着付け手帳をつけ、最後は独学で着物を着れるようになり、今や私にとって着物は、なくではならない存在に。

着物を着ている時、私は無心になれます。日頃、縮こまって針仕事をしているので、着物で背筋が伸びるのも、なんとも心地よく、今では一日中でも着ていられるほど、好きになりました。

場数を踏む中で、帯揚げ帯締めの色合わせも、自然の風景を描くように、楽に合わせられるようになりました(もちろんまだまだ勉強不足ですが・・)。同時に、一年前より、この着付け手帳も卒業。




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受賞したのはなんと3枚!!全て、鶴田の母の形見の長着を着てのスナップ写真でした。

カメラマン賞をいただいた一枚は、雨でブーツが濡れた為、ルーヴルに着物で行かざるを得なくなり、その時に撮ったもの。2日にわけて「八十八宝巡り」をした思い出深い滞在でした。
※記事はコチラ

母は英語堪能、国際的なボランティア団体の総会がアメリカで開催された際は、着物を着て英語でスピーチなさったほど。母はいつも「パリに行ってみたいわ」と言っていましたが、その頃は体力が落ちていて。。その願いを着物に託し、私はいつも母と一緒にパリを歩いている気持ちで、着物を着ています。

なので、この度の受賞は、幾重にも、嬉しかった。

選んでくださり、感謝いたします。




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来月2月に、その授賞式が行われます。どなたでもご参加できるようで、詳細を下記いたしますので、よろしければ、ご一緒しませんか?授賞式は「かっぱ大賞」以来ですが、いくつになっても嬉しいものですね。( *´艸`)

2017年2月21(火)11:00~
「大久保信子さんトークショー」
「リーガロイヤルホテル東京ランチ」
を楽しむ早春の一日


リーガロイヤルホテル東京にて
東京都新宿区戸塚町1-104-19
03-5285-1121(代表)
  
前半:
大久保信子さんトークショー
「KIMONO SNAP GALLERY]年間大賞授賞式
※ハローキティも参加します!

後半:
リーガロイヤルホテル東京の読者限定特製ランチ
プロカメラマン撮影スナップ(プリント特典付)
豪華賞品が当たる抽選会
※木村孝さんの最新刊と名舗「両口屋是清」のお菓子のお土産付き!  
    
参加費:
10,000円(お土産付き)

詳細はコチラ



by cocobear-riko | 2017-01-19 06:39 | 鶴田のイベント情報 | Comments(0)
ベルナール・ビュッフェ回顧展@パリ市立近代美術館
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ベルナール・ビュッフェ回顧展@パリ市立近代美術館へ

ビュッフェは大学の卒論で取り上げた画家。滞在中、パリで見れるなんて・・

まず、メトロのポスターの種類の多さに驚いた。私が見ただけでも4~5種類。関心の高さがうかがえる。ビュッフェ19歳、初個展での出品作「羽をむしられた若鶏」はポンピドゥ所蔵。

その画風から賛否両論の的となってきたビュッフェ、最期はリューマチを患い自ら命を絶ってしまう壮絶な人生を、絵の中に見た・・



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ビュッフェは1928年生まれのパリジャン。一緒に行った友達と「見た目も格好いいよね」と意見が一致。11歳の時に第二次大戦が始まる。5年後パリ解放、ただ一人の理解者だった母を脳腫瘍で失うも、20歳にして国内最高の賞である批評家賞を受賞、彗星のごとく戦後のフランス画壇に登場した。



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第二次世界大戦の荒廃したパリに生きた画家、ビュッフェはまさに時代の証人。




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人気のピエロ、サーカスシリーズでは巨漢の富を得る。




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Je ne crois pas à l'inspiration.
印象的な直筆の言葉「私は直感やインスピレーションを信じない」

自分が見たものしか信じない。過酷な時代を生きた人(ビュッフェ)ならではの言葉。




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唯一無二のビュッフェのサイン。




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愛妻アナベルを描いた絵に昔から惹かれる。




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「数年にわたる戦争から復員したばかりの私は、感動して彼の絵の前に呆然と立ちつくしたことを思い出す。研ぎすまされた独特のフォルムと描線。白と黒と灰色を基調とした沈潜した色。その仮借なさ。匕首(あいくち)の鋭さ。悲哀の深さ。乾いた虚無。錆びた沈黙と詩情。そこに私は荒廃したフランスの戦後社会に対する告発と挑戦を感じた。当時のわれわれ青年を掩(おお)っていた敗戦による虚無感と無気力さのなかに、一筋の光芒を与えてくれたのが彼の絵であった。国土を何回も戦場にし、占領され、同胞相殺戮しあったフランス。その第2次世界大戦の激しい惨禍のなかから、このような感受性と表現力をもった年若き鬼才が生まれでたことに畏怖の念をいだいた。その表現力はまさしく、私の心の鬱々としたものに曙光を与えたのである。以来、私はビュフェの虜となった。無宗教の私に、一つの光明と進路を与えてくれたのが、ほかならぬ彼のタブロオそのものだった。これが私のビュフェへの傾倒のはじまりである。」
岡野喜一郎著「ビュフェと私」1978年4月

同じ戦禍を生きた岡野氏の言葉には説得力がある。




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卒論を書くにあたり静岡のビュッフェ美術館にも数回行ったけど、今回初めて見る絵がたくさんあった。




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教授から「なぜこんな暗い絵が好きなのか?」と聞かれたことをふと思い出した。でも、暗い絵とはむしろ彩やかな色彩の奥にあると今回実感した。




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早熟であまりにも売れすぎたアーティストの最期は・・晩年の骸骨の絵を見れば一目瞭然。でも、その光と影に惹かれたのだ・・と、暮れ行くパリをみて再確認した一日だった。




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形を変えながら繰り返される歴史。その中で「自分に出来ることはなんだろう・・」卒論にも同じことを書いていたように記憶している。



by cocobear-riko | 2016-11-18 18:31 | 8e | Comments(0)
l'Ours@Musée d'Archéologie Nationale
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フランス最終日にパリ友はるみさんと行った パリの西イヴリーヌ県に位置する 大好きなサンジェルマン アンレー




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シャトーはルイ6世により1122年頃に建設。教会はパリのサント・シャぺルのモデルになったといわれる 建築家ピエール・ド・モントルイユによるもの。14世紀に火事に合うも教会だけは難を逃れ中世の面影を残す。




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お城は長い長い年月をかけ再建、拡張。外壁にフランソワ1世とナポレオン3世のお印を見ることができた。




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サンジェルマン・アンレーは、ルイ14世生誕の地でもある。私達はそのメゾン(現ホテル)で美味しいデジュネをとった。テラスからはパリが一望♡




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お城には国立考古学博物館( Musée d'Archéologie Nationale )が入っていて、ちょうど「l'Ours(熊)」展が開催されていた。素晴らしい展示に私達は子供のようにはしゃいでしまった。




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サイン帖を見るだけでも、この企画がどれだけ素晴らしいものかがわかる。




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J’ai vu la merveilleuse exposition « l'Ours » au musée d'Archéologie nationale de Saint-Germain-en-Laye.

Dans les grottes de la préhistoire où homme et ours devaient cohabiter, on peut imaginer que, face au froid glacial, les mères confiaient sans doute leurs nourrissons à la peau douce et chaude du ventre de l'ours. Si aujourd'hui l'ours en peluche est le jouet(ami) par excellence des petits enfants, c'est peut-être une réminiscence de ces temps anciens... Et tant que créatrice d'ours en peluche, c'est en tout cas un récit que j'ai eu envie d'imaginer.

「先史時代、人とクマが共棲せざるを得なかった洞窟においては、想像を逞しくすれば、極寒には、人は乳呑み児を牝熊の柔らかく温かな懐(毛皮)に託していたかも知れない。現在、幼児の最高の玩具(友達)がクマのぬいぐるみというのは、その名残では・・」
鶴田眞利子 Calendrier(カレンダー)2016 冒頭のコラムより

手前味噌ながら・・
我ながらタイミングよく書いたものだと、嬉しく思った。ガリアの守護神(クマ)が見守ってくださっているに違いない。



by cocobear-riko | 2016-11-18 15:19 | トランクはパリに預け・・ | Comments(0)
【パリの街角動物】調査の覚え書き@2016夏
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Musée d'art et d'histoire du judaïsme
ユダヤ歴史美術館

パリでは、狩猟美術館など、小さくとも趣味の合うミュージアムに出合うと心が躍る。ジュダイズムには、このグルフォンの紋章狙いで来館。開館時間に間に合わずに門の隙間からの撮影だったけど、盾のデザインがクッキーの型にしたいくらい可愛かった。♡



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グリフォンは、勇気と知識、王家を象徴。1650年にダヴォー伯のために建てられた館のファサードで威厳を漂わせていた。別名サン=テニャン館(コルベールの女婿。ルイ14世の3人の孫の家庭教師)。



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今回は、SDカードの不具合で画像がランダムに表示された為、追跡調査にかなり時間がかかってしまった。。

このジュダイズムのグリフォンは、前の資料から見つけた一枚だけど、つい寄り道をしてしまい、調査に時間がかかってしまう。。グーグルマップでもまた新しい動物をたくさん見つけてしまった。。

103(1 226か所)
4(99種類)
300(3 587体)
※()はこれまで(9年間)の集計。

鳥とライオンの数の一位ニ位は揺るぎない。16区も断トツの多さ。ウロボロスはお初の出合い。エンジェルかケルビム(頭部に羽が生えてる)か迷うものがあるけど、今回から、可愛らしいエンジェルはケルビムにカウントすることにした。

地味な作業だけど、肩が凝るけど、コツコツやるしかない。。

続く・・♡



by cocobear-riko | 2016-09-09 01:41 | 3e | Comments(0)
長棟まおさんのコレクション展@蔵前テディベアギャラリーへ・・
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我が郷里で発生した熊本地震、その後も止まぬ余震を心配していたら、今度は、世界のあちこち・・愛するセーヌも氾濫し、自然災害の無情さに、やるせない思いでいます。お見舞い申し上げます。



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そんな中、今年一月急逝なさった詩人でテディベア評論家の長棟まおさんのコレクション展を、尊敬するクマ友と鑑賞しました。下町散策(浅草橋~蔵前~浅草)しながら今日は歩きに歩いた。



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蔵前テディベアギャラリーは、創業明治25年の老舗のバッグメーカー・ヤマト屋さんに併設されているギャラリー。まおさんのご遺族からテディベア協会を通じてコレクションを託され、5月23日から一般公開なさっています。少し緊張気味に呼び鈴を押し2階へ・・そこにはたくさんのまおさんの子供たち(みたいなもの)と、大和屋のスタッフさんがとても紳士的に出迎え、対応して下さいました。多謝・・
※ショールームの一角ですので、事前予約が必要です。お問い合わせはコチラ



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まおさんのコレクションはなんと千点以上!蔵前テディベアギャラリーには海外作家さんの作品が展示してありますが、それもほんの一部。懐かしいベアたち、イベントを一緒に回った時にまおさんが購入なさったベアもあり、また会えましたね・・と心の中で挨拶しました。まおさんの遺言で、日本の作家の作品はそれぞれ作家のもとへ。私の作品は来週、私の元へかえってきます。



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私が唯一コレクションしているアンナさんベア。まおさんにもオススメしたらすぐにその良さをわかって下さって・・4体も見ることができました。どことなくまおさんに似ていて、ベアたちの中にまおさんを感じました。。



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そう言えば・・まおさんは生前「今日はどなたとご一緒だったの?」とよくおっしゃってましたっけ。まおさんとの晩年は、今思うと本当につまらない中傷(よくある・・)でギクシャクしてしまっていたけれど、今日ご一緒したクマ友とのツーショットを一番喜んでいたのは、まおさんかもしれない。。

でも、一連のことでわかったことがある。それは、「悪口の告げ口」をする人が一番信用できないということ。私なら、良い事は伝えるけど、そうでないことはあえて言わない。告げ口する人に限って、他の人からその人自身も噂をされていることに気が付かないもの。全て鏡なのだ。

そして、作品を生み出し世に出すことの大変さをわかっている同志とは、到底考え辛い。

腹心の友と思っていた人とも、少しずつズレが生じて付き合いがしんどくなる事があるけど、どうしようもない、仕方のないこともある。。



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創ることとパリで自分を表現することは私にとっては「生きる」こと。これも永遠ではないけれど・・これからも自分の信じる道を歩くのみ。



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〆はパーラーゴトーで季節の美しいパフェ♡



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美しいもの、美味しいものと出合うと「まおさんにおしえてあげよう」と無意識に思う自分がいました。今頃はきっと・・お好きでいらした観音様になって、クマの世界を見守っていらっしゃることでしょう。合掌



by cocobear-riko | 2016-06-04 03:36 | クマたちがいる風景 | Comments(0)
私的ルーヴル八十八宝めぐり番外篇(動物)※追記あり
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やっとパリの街角動物の集計と、一連の書きものが終わった。大変だったけど楽しかった(かなり睡眠不足・・)。そろそろ針も持たなくては。

2016年春現在の集計は パリ20区の1,123ヶ所で 95種類 3,287体 の動物を探し得たという数字が出た。統計学の観点からみても、順位は(ベスト3や動物が多い区など)これからもあまり変わらないと思われる。来年でこの研究も10年、時々重複もあり、この辺で、一度本にまとめる必要性を感じている。私的にまとめたフォトブックを欲しいと言って下さる方もいて・・。ちなみに、来年のカレンダーは、堂々の一位を誇る"鳥"シリーズにする予定。酉年でもある♡
※多い順に、鳥、ライオン、魚。16区、6区、7区。

それでは、私的ルーヴル八十八宝めぐり番外篇(動物)

ある日はリシュリュー翼から入場。ドゥノンやシュリ―への移動、食事やトイレも、私は一度エントランスホールに出ることが多い。現実社会に戻って気分転換するのだ。パリの街角動物が終わったら・・ルーヴルで動物探しをしたいと今回思った。小さい時からルーヴルが好きだった。ここには全てが詰まっている。




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大衆文化の神話がコンセプトの特別展『Mythes fondateurs. D’Hercule à Dark Vador 神話を探して ヘラクレスからダースベイダー』より。まさか ルーヴルで ぽんぽこ狸(狸のこけし)に会えるなんて。学芸員の琴線に触れたのだろう。ケ・ブランリ美術館所蔵。




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≪カバの置物≫
古代エジプト
紀元前3800年~1710年

ラピスラズリで作られたカバは豊穣の象徴。 エジプトのターコイズブルーは万物の源泉であるナイル河の象徴。縁起モノ。何度もみているのに・・なぜかつくりたくて仕方がない。




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≪ヒヒの像≫
古代ローマ
ヴィラ・アルバーニ

ヒヒ型のトト神像。トトは、古代エジプトの知恵を司る神。ヒヒは魔術の象徴、ラーを補佐することから「ラーの心臓」と呼ばれた。エジプトでは、知恵や魂が宿る場所は脳ではなく心臓だと考えられていた。ルーヴルの展示の仕方に萌えた。




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≪羊の頭部の置物≫←定かでない
ルネサンス期

羊か? 動物には違いない頭部のオブジェ。首狩り、頭蓋崇拝への寓意か・・頭部は、心や知性、宇宙や太陽や権力を表装。可愛いようなコワイような様相。





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≪紋章の入った盾を持つ熊≫
15世紀後半
タピストリー

西ヨーロッパでは、熊は崇拝対象とされてきた。熊にまつわる伝説も多い。中世後期になると熊は曲芸団の見世物として鎖に繋がれ踊らされた。紋章から、貴族の館に飾られていたことがわかる。とってもご機嫌なクマ。




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≪バテシバの水浴≫
ヤン・マセイス
1562年
油彩 板

バテシバとともに描かれている美しいハウンド犬。白は忠誠を表す。




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「猿の画家」
ジャン・シメオン・シャルダン
1699-1779

17世紀に流行った猿絵singerieサンジュリー。シャルダンは猿真似をする画家を風刺。絵筆を持つ手を安定させているのは腕鎮(わくちん)。ルーヴルでは他に「若き絵描きの肖像」(画家の名前は不明)も数枚みた。みな美形なので写生をしている人もいた。個人的には、シメオンは私の守護聖人、猿は裏干支なので、縁起良しな一枚。


by cocobear-riko | 2016-04-28 03:24 | 鶴田のイベント情報 | Comments(11)
第4回四万十川カッパ造形大賞授賞式@幕張メッセ(追記あり)
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先日も告知いたしましたように、本日、ワンダーフェスティバル2015夏@幕張メッセで発表された、カッパ造形大賞の授賞式に出席してまいりました~。日本中から集結した応募作品、まるで河童ワンダーランド、いつまでも見ていたかった~



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審査員には村上隆さんのお姿もあり(途中で離席なさいましたが)、身の引き締まる思いがしつつ、名前を呼ばれるのを夫と一緒に待ちます・・
※左から3番目のオレンジのTシャツを着た男性が海洋堂の宮脇修一社長です。



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そして、442作品の応募の中、お陰さまで、私の河童たちは「(審査員)ちばてつや賞」をいただきました♡先だって四万十町で行われた公開審査会でも住民の方々に大好評だったとかで、応援ありがとうございました。




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「あしたのジョー」の敬愛する漫画家ちばてつやさんが「ボクはこの作品がいい♪」と選んで下さったのです。こんな光栄なことはありませぬ。。息子はラインで「えっ!紫電改のタカの!すごい!」と喜んでくれました。



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残念ながら ちば先生はお仕事の都合でご欠席、代わりに、漫画家の牧野圭一氏(実行委員長)より表彰状と賞金をいただきました。牧野氏には受賞作品のひとつひとつに丁寧に総評・選評を賜り、感動いたしました。。河童の話しになると止まらないとおっしゃっていましたが(^-^)最後に「20年以上、高知の素材の土佐紬を使って作品をつくってきました。今回、河童たちで里帰りさせてあげることができて、とても嬉しかったです。ありがとうごさいました」と一言挨拶をさせていただきました。



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コンテストというのは回を重ねるごとにオリジナリティが重要になってきますが、4回目となるカッパ大賞では、今までにない作風が入賞以上の作品に見られた、ということでした。それでも私は少々異色だったような気がしましたが。。(夫も同意見)



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授賞式の後、かっぱ館の宮脇修館長と。「手書きのブログをいつも拝読しています」とご挨拶。御年87歳にはとても思えない。河童への純真な愛と探究心に感動いたしました。
館長のブログ→http://ksmv.jp/room/
※ちなみに現海洋堂の社長さんは館長の息子さんの宮脇修一氏です。



追記
遅ればせながら気がつきました・・宮脇館長から手書きのコメントをいただいておりました。嬉しすぎて言葉になりません。今後の創作活動の励みにしたいと思います。ありがとうございました。


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それにしても、優秀賞、最優秀は別格!カッパ造形大賞の常連さんの力作が選ばれました。こちらは最優秀の作品。2トントラックに積んで栃木から納品なさったそう。。すごい。。しかも、還暦記念作品ということで、私はまたまた触発されましたよーー。いくつになってもチャレンジャー、がむしゃらに頑張りたいと心に決めました!!きりっゞ



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それでも、ただ作るだけではいけない、愛でられるのが理想です。「このコたち、連れて帰りたくなるね・・」(これまた夫と同意見)



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今日は、たくさんの河童たちを見ることができ、また、知られざるフィギアの世界も覗くことができて、大満足の1日でした。



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百聞は一見、その良さが少しわかったような気が。。



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等身大フィギアではありませぬw



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高知を旅する楽しみも増えました。



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そして、猛暑の中、ずっと付き添ってくれた旦那さまにも感謝なり。。そういえば、幕張は千葉ということで、ふなっし~が来ていました。かっぱ館のゆるキャラも可愛い。



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これからもオンリーワン河童をつくり続けていこうと思います。よろしくお願いいたします(^-^)



by cocobear-riko | 2016-04-25 19:27 | 鶴田のイベント情報 | Comments(0)
私的ルーヴル八十八宝めぐり⑧絵画篇(イタリア・スペイン絵画)
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連日、郷里 熊本地震へのお見舞いをありがとうございます。来週、熊本に帰る予定にしていましたが、当初の予定通りです。しっかりと今の熊本を見てきたいと思っています。

そして、これが最後の記事。ルーヴルのこの450メートルの長いグランド・ギャラリーのように、まとめるのにも少々時間がかかってしまった。6万平米のルーヴルには450もの部屋があり、毎日2万人の来館者を誇る。監視員は1,000人。今回、若いボランティアもたくさんいた。でも、私が探している作品の行方を尋ねても、対応できた人はいなかった。ベテランの監視員からは「日本人はモナリザやミロは聞いてくるけど。あなたって・・」と笑われてしまった。

1595年、アンリ四世は、ルーヴル大改造に着手、このグランド・ギャラリーが出来上がった。幼いルイ十四世は、この長いギャラリーで、ラクダ競争や狐狩りごっこに興じていた。フランス革命を経て、1804年、皇帝となったナポレオンは、アンリ四世の大構想を上回る壮大なプランを描き、質量ともに、世界最高レベルの美術館に引き上げた。その後も、普仏戦争、パリ・コミューン、第一次世界大戦と、幾多の困難を乗り越え現在に至る。そして、これからも、ルーヴルは、進化をし続けるだろう。

2004年1月発行
芸術新潮「精選!ルーヴル八十八宝めぐり」

美術史家の小池寿子さんがルーヴルの常設展示3万6000点から88点を選りすぐり、古代エジプトからドラクロワまで、効率よく楽しく回れるよう秘密の急所を伝授した永久保存版。私のルーヴル鑑賞におけるバイブル。そのバイブルをナビに、今春、私的ルーヴル八十八宝めぐりを実現(12年ごし・・)!

本来ならパリの街角動物のまとめが先だけど、12年ごしとあっては・・ここはルーヴルを優先!余韻に浸りつつ健忘録。

結局、2日間に渡り、88のうち74の宝をみることができた・・




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≪授乳の聖母子≫
バルナバ・ダ・モデナ
1370年
テンペラ 金 板

宗教が複雑化、形骸化(けいがいか)する13世紀頃から、ヨーロッパ各地で聖母崇拝が広がり、聖母子像が多く描かるようになる。聖母マリアの後光には「よき勧めの聖母」と書いてあるのだろうか。絵は、14世紀イタリア、ルネサンスへと歩み始める時代に入っても、バルナバの聖母子はいまだビザンティン美術の影響を留めている。青いマントを纏い赤い服を身に着ける聖母マリアは、希望の印、太陽の到来、導きの星として「海の星」と呼ばれた。聖母子をテーマにした絵画はたくさんの画家によって描かれているが、聖母子ともにコチラを見ている絵をあまり知らない。モナリザが描かれたのはこの絵の約140年後だが、モナリザ効果か、この視線から逃れられなくなる。




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≪聖ヒエロニムスの奇跡≫
イル・ぺルジーノ
1473年~1475年頃
テンペラ 板

多翼的祭壇画の一部、聖ヒエロニムスの赤い祭服、そのデザイン、ふたりの死体に、目が釘付けになった。赤い祭服は、血に象徴されるように、受難の主日(しゅじつ)や聖金曜日、殉教者の祝日・記念日などに用いられ、慈悲に繋がるとされてきた。刑場の死体は、聖ヒエロニムスの慈悲が通じたのか、死してもまだ生きているように見える。聖ヒエロニムスは、ローマ・カトリック教会 四大教父の一人。脚に棘を刺したライオンと出会い、棘を抜いてやったところ、そのライオンは生涯 聖ヒエロニムスに尽くしたという武勇伝を持つ。




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≪パドヴァの聖アントニウス≫
コメス・トゥーラ
1475年
油彩 板

聖アントニウスはポルトガルの出身。フランシスコ修道会に入り、聖フランチェスコの弟子となる。 弁舌に優れ、魚に説法をしたという。きっと熱弁をふるったのだろう、左手に持つ聖書が鼻息?でぱらぱらと捲れているのが印象的だ。グスタフ・マーラーは、交響曲第2番『復活』の第3楽章で「魚に説教するパドヴァの聖アントニウス」を引用、煩悩に充ちた支離滅裂な人間界を魚に例え、壮大なオーケストレーションで寓意した。一見通り過ぎてしまいそうな聖人の絵でも、どこかに自分なりの面白味を見つけると、距離がぐっと縮まる。




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≪祝福するキリスト≫
ジョヴァンニ・べッリーニ
1460年頃
油彩 板

小池さんは、キリスト三態として、以下の3作品を比較している。情けないキリスト、哀れみをそそるキリスト、美男風のキリスト、年代順に並べてみた。いづれも祈念像の形式をとっている。ジョバンニは、父ヤコボの工房を継いで、兄ジェンティ―レとともにヴェネツィア派を築いた画家。祝福のために上げた右手が弱々しい、脱力系のキリストだ。




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≪円柱の縛りつけられたキリスト≫
アントネッロ・ダ・メッシーナ
1476年頃
油彩 カンヴァス

メッシーナはシチリア出身、フランドルにも旅をして、繊蜜描写と油彩技法を学び、テンペラが主体だったイタリアの板絵に革命をもたらし、とりわけヴェネツィア派に多大な影響を与えた。着飾ったモデルを描く肖像画や、宗教をテーマにした作品を得意とした。小品が多かったのだろうか、この絵も個人からの注文で描いている。まず、キリストがメタリックのような円柱に縛られていることに背筋がひんやりした。茨の冠もメタリックにみえてきて痛々しい。メッシーナは、狭い枠の中にキリストの上半身を描くことにより、肖像画のように仕上げたのだ。つい感情移入してしまった。




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≪エッケ・ホモ(この人を見よ)≫
バルトロメオ・モンターニャ
1500年~1507年
油彩 板

まるでパティシエのセヴァスチャン・ゴダール(わかる人にはわかるw)を思わせる美男のキリストを描いたモンターニャは、郷里からヴェネツィアに出て、ジョバンニの工房で仕事をしていたとみられ、メッシーナの影響を受けたとされる。エッケ・ホモは、磔刑を前にしたイエス・キリストを侮辱し騒ぎ立てる群衆に向けて、ピラトが発した言葉だ。エッケ・ホモといえば記憶に新しい・・2012年、当時82歳の自称修復士のおばあちゃんが加筆した「猿のキリスト」を思い出すw。以上の三人は、15世紀後半、東西交易の中心地として繁栄した国際都市ヴェネツィアでシンクロしているのだ。三人三様でとても興味深い。




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≪イエスの割礼≫
ジュリオ・ロマーノ
1521年~1522年頃
油彩 カンヴァス

16世紀初頭、イタリアはすでに盛期ルネサンスを経て、マニエリスムの時代へと向かっていた。その後にはバロック期が控えている。ジュリオ・ロマーノはルネサンス中期の建築家・画家。主題よりも蛸足のようなうねうね柱に目が奪われる。幻想的で官能的なマニエリスム芸術は現代に通じるものがあると、ジュリオ・ロマーノの作品をみて思う。




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≪ピエタ≫
ロッソ・フィオレンティーノ
1533年~1540年頃
油彩 カンヴァス

フィレンツェの画家。1527年、神聖ローマ帝国皇帝カール五世に略奪されたローマから逃れた画家たち、ロッソ・フィオレンティーノは、新天地を求めながら国際マニエリスムの潮流を生み出していった。フランソワ一世に見染められたロッソは、フォンティーヌブロー宮殿の回廊の装飾を担当、優美な世界を見事に演出した(フォンティーヌブローは未踏の地、行きたい)。こうしてロッソは、マニエリスムをフランスに伝える大切な役割を果たした。が、気性の激しい性格が災いし友達と衝突、若くして自殺で亡くなっている。この絵の聖母マリアからは、やるせない焦燥感を感じる。




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≪サビニの女たちの略奪≫
ジャック=ルイ・ダヴィッド
1799年
油彩 カンヴァス

ダヴィッドは、18世紀後半から19世紀前半にかけて、フランス史の激動期に活躍した、新古典主義を代表する画家である。ローマ人によって略奪されたサビニの女たち、サビニの男たちは女たちを奪回しようと戦う。ダヴィッドは絵の中で、ギリシア彫刻に表わされているような裸体の戦士を描くことにした。・・とすかさず、戦士の盾に目がいく。そ、私のテリトリー、ルパ・ロマーナ(ローマの狼)、ローマ市の紋章が施されているではないか!- La Louve et Romulus et Remus - ロムルスとレムスは、ローマの建設者で双子の兄弟。叔父の王によってテヴェレ川に捨てられ、狼によって育てられたと伝えられる。ローマにとっては母のような存在なのだ。この戦士も、この盾に守られ、無事に女達を奪回できたに違いない。

余談・・
1804年、皇帝となったナポレオンは、屋根がないまま放置されたシュリー翼を完成させた。 その為、芸術家たち約200人(その中にはこのダヴィッドもいた)を強制退去させている。 ナポレオンの栄光とドゥノンの手腕によって、ルーヴル美術館は、質量ともに、世界最高レベルの美術館になった。ちなみにこの絵もドゥノン翼でみることができる。





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≪メデューズ号の筏≫
テオドール・ジュリコー
1819年
油彩 カンヴァス

1816年、150人以上の乗組員を乗せた軍艦が、セネガル沖で難破した実話をもとに描いた作品。あのドラクロアが友人ジュリコーのために死体役をかってでたことで知られている。 ジュリコー27歳の時の作品。当時、賛否両論の物議を醸し出した大作だったが、好き嫌いは別にして、私も今回この記事を書くにあたり、美術作品を見る姿勢の大切さに気付かされた。敬遠していた作品ほどいっぱい向き合った。

余談・・
1870年、パリがプロイセン軍に包囲されると、グランド・ギャラリーは、銃身を彫る工場と化した。翌年5月には、パリ・コミューンの最中、チュイルリー宮に火が放たれる。チュイルリー宮は焼け崩れ、12年もの間無残な姿をさらした末に撤去、「口」の字型に完成したルーヴルは、わずか25年でその一辺が欠けて「コ」の字型となってしまった。そして、第一次世界大戦、美術品たちの疎開合戦。1914年、主要な作品が、南仏トゥールーズやブロワまで特別列車に乗って疎開した。この絵もそのひとつだった。が、その大きさから、ヴェルサイユの市庁舎前で、カンヴァスが市電の架線に引っかかりショート、暗闇の中、飛び散る火花が名画を照らしたといわれている。まるで「メデュース号の筏」の運命を物語っているようだ。。





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≪サルダナバールの死≫
ウジェーヌ・ドラクロワ
1827年
油彩 カンヴァス

いよいよ最後の一枚は、ドラクロア29歳の時の渾身の作品。この絵にも、フランス人の子供たちの社会科見学の姿があった。私がカルーゼルの職人展に出展した時も、木曜日だったか、子供たちの社会科見学デーという日があり、熱心に丁寧に私のブースを見てくれたことを思い出す。サルダナパールはアッシリアの王、快楽主義者で、栄華な生涯を送った専制君主である。当然、反乱が起こる。だが、王は「自分が死ぬ時はもろともに」と明言していた。。この作品は酷評だったが、若き詩人ボードレールは礼讃した。「ロマン主義と色彩は、私を真っ直ぐドラクロワへと導いていく。彼がロマン派という肩書を得意に思っているかどうか私は知らない。だが、彼の座席はここにある。なぜなら、大部分の観衆は、随分前から、彼を現代派の首領と認めてきたからである。」


by cocobear-riko | 2016-04-22 13:59 | 1er arrt | Comments(0)
私的ルーヴル八十八宝めぐり⑦絵画篇(フランス絵画)
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やっとフランス絵画まで辿りつきました。ゴールも近いです。連日、熊本に心を寄せながら、祈るような気持ちで記事をまとめています。自分に出来ることはなにか・・コンビニに行く度にレジ横の募金箱に寄付をしたり・・マイルを寄付に交換したり・・シュタイフでくまモンキーリングを購入したり(5,000円が熊本県に寄付される)・・そして作品の売り上げの一部を熊本城再建のために寄付することにいたしました(また違う形での支援も考えています)。パリの街角動物ハンターとしては、しゃちほこの行方も気になります。。詳細は分かり次第お伝えしてまいります。よろしくお願いいたします。

2004年1月発行
芸術新潮「精選!ルーヴル八十八宝めぐり」

美術史家の小池寿子さんがルーヴルの常設展示3万6000点から88点を選りすぐり、古代エジプトからドラクロワまで、効率よく楽しく回れるよう秘密の急所を伝授した永久保存版。私のルーヴル鑑賞におけるバイブル。そのバイブルをナビに、今春、私的ルーヴル八十八宝めぐりを実現(12年ごし・・)!

本来ならパリの街角動物のまとめが先だけど、12年ごしとあっては・・ここはルーヴルを優先!余韻に浸りつつ健忘録。

結局、2日間に渡り、88のうち74の宝をみることができた・・




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≪エヴァ・プリマ・パンドラ≫
ジャン・クザン(父)1550年
油彩 板

文字には、かつてパンドラであったエヴァ、と書いてある。人類を堕落させたエヴァ、数限りない災いをもたらしたパンドラ、史上最強の2大悪女の融合である。パリ南東の離宮に花開いたフォンテーヌブロー派クザンの作品(フランスよりもイタリア・マニエリスムの伝統に属している)。背景の豊かさと相反し、頭蓋骨を弄んでいるような様相に、避けられない死を想う。ヴァニタスとは「人生の空しさの寓意」を表す静物画。バロック期の精神を表す概念だ。頭蓋骨は死を寓意。エヴァはリンゴを食べたことによって死にゆく存在になった。

バロック期の精神を表す三大概念・・

ヴァニタス(虚栄のはかなさ)
カルペ・ディエム(今この瞬間を楽しめ)
メメント・モリ(死を想え)

永遠のテーマだ。




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≪アモールの葬礼≫
アントワーヌ・カモン
1560年~1570年頃
油彩 カンヴァス

こちらもフォンテーヌブロー派の作品。今回、小池さんの案内で、好きになった一枚。黒い頭巾を被ったクピド(アモール)が、棺に乗った愛(アモール)をディアナの神殿へと運んでいる。時代を代表する詩情溢れる絵、私もこんな葬送がいい。アモールとは、フランス南東部ドーフィネの名門貴族ディアーヌ・ド・ポワチエのこと。アンリ二世の愛人だったが、王が急逝すると、王妃カトリーヌ・ド・メディシスから追放され、自領のアネの城で67歳で亡くなる。ディアーヌの娘は遺言どおり、城の近くに霊安堂を建てて母の墓とした。ディアーヌ(英名ダイアナ)は狩猟の神、神殿のファサードにその象徴である鹿の頭部の装飾をみることができる。




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≪アモールの葬礼≫
アントワーヌ・カモン
1560年~1570年頃
油彩 カンヴァス

mignon♡




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≪アルカディアの牧人たち≫
ニコラ・プッサン
1639年~1640年
油彩 カンヴァス

太陽王ルイ14世が死ぬまで身近に置いていた絵とされる。墓石らしき石には「われもまたアルカディアにありき」と刻まれている。アルカディアとはギリシャのペロポネソス半島にある高原地帯で、理想郷とされたところ。牧人たちが指を差す先にあるのは”死” 古典主義的で深い思想を背景に、ここにもメメント・モリの精神が伺える。

余談・・
この絵のあるリシュリュー翼は、リシュリュー枢機卿に由来する。リシュリューは、詩作、劇作、美術コレクター、アカデミー・フランセーズの創始者。 ルイ十三世は、このリシュリュー枢機卿と一緒に、大構想(ルーヴルの各辺を2倍に拡張する)大構想を進める。1643年、フロンドの乱が起こると、拡張工事は一時中断。乱が静まり、若き太陽王がルーヴルに戻ったのは、1654年のこと。
※フロンドの乱
フランスにおける貴族の反乱(これが最後の貴族の反乱)。 貴族勢力は打倒され、絶対王政の確立につながった。フロンド(fronde)とは当時流行していた投石器の意。





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≪聖イレネに介抱される聖セバスティアヌス≫
ジョルジュ・ド・ラ・トゥール
1649年
油彩 カンヴァス

聖イレネは看護婦の守護聖人、聖セバスティアヌスは疫病退散の守護聖人として、ルネサンス以降、最も多く描かれた聖人像と言われている。近代以降は同性愛者の守護聖人としての信仰を集めている。3世紀のローマ、聖セバスティアヌスは、皇帝のもとで兵士として働きながらも、密かにキリスト教信仰をもっていた。友人の信徒を助けようとしたことからその信仰が露見、皇帝の命により、矢を射抜かれる。セバスティアヌスの脈をとるイネス、炎がまだその生があることを物語っているようだ。リニューアルして明るくなったシュリ―翼で久しぶりにこの絵と対面した。ラ・トゥールが好きになった。ルーヴルは、1803年、ナポレオン美術館としてスタート、初代館長ドミニク=ヴィヴァン・ドゥノンの命を受け、よりよい環境で美術作品を鑑賞できるよう、いまなお進化し続けている。




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≪ラ・フィネット≫
ヴァトー
1716年
油彩 カンヴァス

18世紀のヨーロッパはロココの時代。絵画の主題においては、男女の愛の駆け引きを主題にした風俗画が目立つようになる。ヴァトーも「雅びな宴」と呼ばれ、田園に集う愛を語り合う若い男女や、イタリア喜劇やオペラの登場人物などを描いた。テオルボ(リュートの一種)を奏でる少女は、有名な≪無関心(冷酷な男、気紛れな恋人)≫が踊りを表わしているように、音楽を表わしている。ルーヴルのサイトをみると、ラ・フィネット(悪戯好きな小娘)とある。まさにそんな表情をしている。遅咲きのヴァトーは、36歳という若さで亡くなっている。

余談・・
ちょうどこの絵が描かれた頃、1715年、歴代の王で一番長い在位を誇る、72年にもおよぶ太陽王の治世が終わりを告げる。ちなみに、英国のヴィクトリア女王は64年、清の康煕帝(こうきてい)は61年。ブルボン朝最盛期の王の墓には「好きなだけ搾取した王、高利貸しの仲間、怪しげな女性たちの奴隷、平和の敵ここに眠る。その冥福を神に祈ることなかれ。このような怪物が二度と現われないことを願う。」 と刻まれている。。啓蒙思想に感化されたルイ十五世は、1750年、リュクサンブール宮で、王室の油彩画110点を公開した。 そしてこの後いよいよその時がやってくる。。





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≪アモールとプシュケー≫
フランソワ・ジェラール
1798年
油彩 カンヴァス

気がつけば、フランス革命後の絵画に。紀元前からずっと見てくると、ついこの間のことのように思えてくる。ヴィーナスの嫉妬を買ってしまうほどの美貌の持ち主であるプシュケーに、女神の息子クピド(アモール)は恋をする。アモールから初めての接吻を受け動揺するプシュケー。プシュケーとはギリシア語で魂を意味。絵にみられる蝶はその魂の象徴。人間の魂と神の愛の結びつきという、ネオ・プラトニズム(万物は一者から流出したもの)を象徴した物語に、一種の憧れを感じる。2人の間に生まれた子供はウォルプタース(喜び)と名づけられた。




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≪アモールとプシュケー≫
フランソワ・ジェラール
1798年
油彩 カンヴァス

美しいおみ足・・♡

余談・・
1589年~1792年、200年間におよんだブルボン朝の幕がおりる。 王様がいなくなり、革命政府が誕生すると、1793年8月10日、ルーヴルは「中央美術博物館」として美術館としての始めの一歩を踏み出す(感涙・・)。一般市民が王室コレクションを鑑賞できるのは、10日間のサイクルのうち、わずか3日間に限られていた。 1803年、「ナポレオン美術館」とあらため、外交官で美術史家でコレクターのドミニク=ヴィヴァン・ドゥノンを館長に任命される。 ドゥノンは、絵画や彫刻のみならず、工芸品の収集もすすめた。ルーヴルの工芸部門は逸品揃いといわれる。ドゥノンの功績は大きい。





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≪エステルの化粧≫
テオドール・シャセリオ―
1841年
油彩 カンヴァス

化粧をしている女性は、旧約聖書エステル記のヒロイン、ユダヤの娘エステル。ハマンのユダヤ人虐殺計画を打ちあけるべく、王の宴席に向かうため身繕いをしているシーンが描かれている。当時、王への直訴は死刑を意味するものだった。アルジェリア旅行にインスパイアされたオリエンタリズム溢れる作品は、このルーヴルの壁紙ごと素敵。アングルの弟子と知り、納得。
 



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≪モルトフォンテーヌの思い出≫
カミーユ・コロ―
1864年
油彩 カンヴァス

写実主義のバルビゾン派に属し、印象派の先駆者といわれるコロー。光と霧を好んで描いたコローのこの代表作は、記憶の中の叙情的な情景、最もフランス人に愛されている絵だと聞いたことがある。


by cocobear-riko | 2016-04-20 13:39 | 1er arrt | Comments(2)
私的ルーヴル八十八宝めぐり⑥絵画篇(北方絵画)
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2004年1月発行
芸術新潮「精選!ルーヴル八十八宝めぐり」

美術史家の小池寿子さんがルーヴルの常設展示3万6000点から88点を選りすぐり、古代エジプトからドラクロワまで、効率よく楽しく回れるよう秘密の急所を伝授した永久保存版。私のルーヴル鑑賞におけるバイブル。そのバイブルをナビに、今春、私的ルーヴル八十八宝めぐりを実現(12年ごし・・)!

本来ならパリの街角動物のまとめが先だけど、12年ごしとあっては・・ここはルーヴルを優先!余韻に浸りつつ健忘録。

結局、2日間に渡り、88のうち74の宝をみることができた・・




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≪円形の大ピエタ≫
ジャン・マルエル
1400年頃
テンペラ 板

ここからやっと絵画部門に。ルーヴルには13世紀から19世紀までのヨーロッパ絵画が約7,000点常設されている。内訳は、北方絵画(オランダ・フランドル・ドイツ)約1,300点、イタリア絵画約1,100点、イギリスとスペインは各100点、自国フランス絵画は約4,400点!!

ジャン・マルエルは北方出身、この時期のフランス画家には北方出身が多かったのだとか。三位一体(父と子と聖霊)とピエタの両主題を兼ねたこの種の絵柄は、14世紀のパリで考案された。右脇腹をつたって流れる血は股間に達している。磔刑で人間の罪をあがない、救済をはかったイエスから流れる血は、新たな生命体を産むための初潮である」 このとても特異な考えは、神話主義者の間で広まった。その初潮の血が眼に入り白内障が治ったとされるのは、イエスの脇腹を槍で刺し、生死を確認したロンギヌス。のちに改心し、洗礼を受けたとされる。




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≪パリ高等法院の祭壇画≫
フランドルの画家
1452年頃
油彩 板

とても印象的な、向かって右下に描かれたパリの初代司教サン・ドニの殉教シーン。3世紀、ローマ長官によって斬首刑に処せられた、刑執行後、斬られた首を持って立ち上がり、説教をしながら10キロほど歩いて果てたという。サン・ドニ司教の血液型はA型(ど根性)に違いない!斬首の場所はモンマルトル(殉教の丘)。その10キロ先のサン・ドニに修道院が建てられ、12世紀以降、フランス王家の霊廟になった。




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≪ブラック家の祭壇画≫
ロヒール・ヴァン・デル・ウェイデン
1450年
油彩 板

初期フランドル派の画家ロヒール・ヴァン・デル・ウェイデンが描いた三連祭壇画。向かって右翼パネルにはマグダラのマリア、中央には聖母マリアとイエスと福音記者ヨハネ、左翼には洗礼者ヨハネが描かれている。興味深いのは"流れる文字"を思わせるラテン文字。「自分たちがいかに虚栄に満ちた存在であるかを忘れるな かつて美しかった私の身体も今では虫どものエサになっている」という、死へのメメント・モリ(警句)が書かれている。「南無阿弥陀仏」の念仏を唱える空也像を思わせる。




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≪エジプト逃避途上の聖家族≫
ハンス・メムリンク
1475年~1480年頃
油彩 板

初期フランドル派の代表的な画家の一人、ハンス・メムリンク作。左扉から養父ヨセフ、中央にキリストを抱いた聖母マリア、右扉にマグダラのマリア。ヘロデ王の嬰児(えいじ)虐殺令から逃れるため、聖家族は幼児のイエスを連れエジプトへ逃げ出す。その道中の荒野でつかの間の休息を取る聖家族が描かれている。嬰児虐殺は ショッキングな題材ながら、名立たる画家たちも絵に描いている。ニコラ・プッサンのそれは鬼気迫るものがある。当時のベツレヘムの人口はせいぜい300人程度、殺された幼児の数はどんなに多く見積もっても20~30人程度であったのではないかと推測される。




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≪キリスト教のアレゴリー≫
ヤン・プロヴォースト
1510年~1515年
油彩 板

アレゴリとは、絵画、詩文などあらゆる表現における抽象を具体化する技法の一つ。絵は「すべてを見 すべてを創って裁く 神の力」を象徴。見たこともない最後の審判の光景が広がっている。そして、良い人の魂は天国へ、悪い人の魂は・・




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≪ピエタ≫
サン・ジェルマン・デ・プレの画家
1495年~1500年頃
油彩 板

ー幼子は母に言う パンはどこ ぶどう酒はどこ と。傷つき 衰えて 都の広場で 息絶えてゆく。母のふところに抱かれながら。ー「預言者エレミヤの哀歌」より。聖母マリアの大粒の涙が印象に残る。マグダラのマリアは神妙な顔つきで香油壺を手にしている。自らの髪でイエスの足に香油を塗ったとされることから長い髪で描かれることが多いマグダラのマリアだが、この絵では頭にはターバンを巻いている。ポーズが格好いい。タカラジェンヌのよう。ピエタは15世紀ヨーロッパで最も広く普及したテーマのひとつ。イエスの年令は30代、聖母マリア様は40代。(いろんな説があるのでここは大まかに)




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≪十字架降下≫
聖バルトロマイ祭壇画の画家
1500年~1505年頃
油彩 板

あまり語られることのない、というか、初めてみるドイツの画家による十字架降下。まるで浮き彫り彫刻のよう。特に、マリアの哀悼を誇張した様相は、端正な形式美を追求したアングル「オダリスク」や、正しい動きよりも速さや躍動感を重視したジェリコー「エプソンの競馬」を思わせる。




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≪少女の肖像≫
ルーカス・クラナッハ
1540年
油彩 板

16世紀ドイツの3大画家といえば、デューラー、ホルバイン、そして、このクラナッハ。絵は68歳の時の作品。・・にしてはちょっと少女趣味のようにも見えるが、今でいう援助交際を題材にした絵も描いているところをみると、ロリコンへの風刺画?にも思えてくる。クラナッハお得意の女神像は60歳を過ぎてからのもの。作風からは、人生に対する洞察力、審美眼を兼ね備えた力量がうかがえる。宗教改革家マルチン・ルターと親交があり、ルターとその家族の肖像画をたくさん残している。個人的には、オーダーでマルチン・ルターベアを作る時にクラナッハの肖像画を参考にさせてもらった。ルターの説教集の表紙も木版画で飾っている。晩年は、同じ名前の息子他に工房を任せ、81歳まで生きた。いい画家人生だったに違いない。




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≪バテシバの水浴≫
ヤン・マセイス
1562年
油彩 板

水浴び中のバテシバに目を留めたダビデ王は、遣いをやってバテシバを自分の下へ来させ、その夫である、自身の軍隊の将軍ウリヤを欺いた。かなり強引、英雄色を好む、だ。ヤン・マセイスはアントワープで活躍した画家。イタリアのマニエリスムの影響を受け、男を滅ぼす妖艶な女性を描いた。思わず「美しい!」と言ってしまった。




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≪ロードス島の巨像≫
ルイ・ド・コルリー
16世紀後半~17世紀初頭

太陽神ヘリオスをかたどった巨大彫像は、紀元前3世紀頃、12年の歳月を経て、リンドスのカレスによって、エーゲ海南東部のロードス島に建てられた。自由の女神像に匹敵する大きさで、なんでもいま、再建の動きがあるとか!これまでも再建の話があったが、地震によって倒壊したことから、神に似せた彫像を作ったことが神の怒りに触れたのだ!と反発をかい実現には至らなかった。絵は、16世紀後半に話題を呼んだM・ヴァン・へームスケルクの銅版画「世界8不思議」に触発されて描かれた。




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≪バテシバ≫
レンブラント・ハンメルス・ファン・レイン
1654年
油彩 カンヴァス

ダビデからの手紙を手に失意の底にあるバテシバ。描き手によって印象が違う。マセイスのバテシバよりも親しみを感じる・・と思ったら、モデルはレンブラントの後妻ヘンドリッキェ・ストッフェルスだった。若くして乳癌で亡くなったことは、専門家によると、この絵の左胸のエクボからもわかるそう。バロックを代表する画家レンブラントの光と影の明暗が、この2人の宿命を美しく浮かび上がらせている。




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≪部屋履き≫
サミュエル・ファン・ホーホストラーテン
1654年~1662年
油彩 カンヴァス

暗箱を使って描かれた、写真のような絵、トロンプ・ルイユ。レンブラントに学び、フェルメールと同じ時代を生きた17世紀のオランダ絵画を代表する画家ホーホストラーテン。初期ルネサンスの建築家レオン・バッティスタ・アルベルティは「絵画は窓である」と言っている。ホーホストラーテンの絵はまさに開かれた窓。


by cocobear-riko | 2016-04-19 10:45 | 1er arrt | Comments(0)



Mariko TSURUTA, je suis créatrice d'animaux, d'ours en peluche. テディベア、動物作家の鶴田眞利子です。Tous droits reserves copyright(c) 1995-2017 Coquin Coquine Bear 
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