カテゴリ:トランクはパリに預け・・( 108 )
Déjeuner à Saint-Germain-en-Laye
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パリ友はるみさんとサンジェルマン・アンレーへ・・
太陽王の生家(現ホテル)で美しい午後を過ごした.・♡



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意見が一致し、サンセールをブテイユで



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アントレからアプレデセールまで、パーフェクトな美味しさ



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フォアグラとセップ



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舌平目は目の前でサーブ



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C’était un très bon restaurant !



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はるみさんとフレンチ。美味しさが倍増♡

Pavillon HenriⅣ
19-21 rue thiers
78100 SAINT-GERMAIN-EN-LAYE



by cocobear-riko | 2016-11-18 15:54 | トランクはパリに預け・・ | Comments(0)
l'Ours@Musée d'Archéologie Nationale
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フランス最終日にパリ友はるみさんと行った パリの西イヴリーヌ県に位置する 大好きなサンジェルマン アンレー




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シャトーはルイ6世により1122年頃に建設。教会はパリのサント・シャぺルのモデルになったといわれる 建築家ピエール・ド・モントルイユによるもの。14世紀に火事に合うも教会だけは難を逃れ中世の面影を残す。




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お城は長い長い年月をかけ再建、拡張。外壁にフランソワ1世とナポレオン3世のお印を見ることができた。




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サンジェルマン・アンレーは、ルイ14世生誕の地でもある。私達はそのメゾン(現ホテル)で美味しいデジュネをとった。テラスからはパリが一望♡




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お城には国立考古学博物館( Musée d'Archéologie Nationale )が入っていて、ちょうど「l'Ours(熊)」展が開催されていた。素晴らしい展示に私達は子供のようにはしゃいでしまった。




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サイン帖を見るだけでも、この企画がどれだけ素晴らしいものかがわかる。




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J’ai vu la merveilleuse exposition « l'Ours » au musée d'Archéologie nationale de Saint-Germain-en-Laye.

Dans les grottes de la préhistoire où homme et ours devaient cohabiter, on peut imaginer que, face au froid glacial, les mères confiaient sans doute leurs nourrissons à la peau douce et chaude du ventre de l'ours. Si aujourd'hui l'ours en peluche est le jouet(ami) par excellence des petits enfants, c'est peut-être une réminiscence de ces temps anciens... Et tant que créatrice d'ours en peluche, c'est en tout cas un récit que j'ai eu envie d'imaginer.

「先史時代、人とクマが共棲せざるを得なかった洞窟においては、想像を逞しくすれば、極寒には、人は乳呑み児を牝熊の柔らかく温かな懐(毛皮)に託していたかも知れない。現在、幼児の最高の玩具(友達)がクマのぬいぐるみというのは、その名残では・・」
鶴田眞利子 Calendrier(カレンダー)2016 冒頭のコラムより

手前味噌ながら・・
我ながらタイミングよく書いたものだと、嬉しく思った。ガリアの守護神(クマ)が見守ってくださっているに違いない。



by cocobear-riko | 2016-11-18 15:19 | トランクはパリに預け・・ | Comments(0)
Château de Vaux-le-Vicomte
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パリから南東に約50km、丘陵の谷間に建つ17世紀建築の傑作と謳われるヴォー・ル・ヴィコント城(以下ヴォー)に、今夏やっと行くことができました。♡

マザラン枢機卿によりルイ14世の財務長官に任命されたニコラ・フーケは、1656年、その地位と財産にふさわしい城をヴォーに建設することを決めました。でもこの豪奢であまりにも美しい城は、ルイ14世の嫉妬心を煽ることになります。そして、フーケを失脚に追いやったというのは有名な話し。歴史の影に女ありと言われるけど、本当に恐ろしいのは男たちのそねみ。。でも、のちに、ルイ14世は、この城をモデルにヴェルサイユ宮殿を造らせるのですから、いつの世も"歴史"とは皮肉なものです。。



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フーケは当代きっての芸術家、建築家ルイ・ル・ヴォー、画家シャルル・ル・ブラン、造園家アンドレ・ル・ノートルをヴォーに集結させました。並外れて大規模な建設工事は6年弱の歳月を要しました。ちなみにヴェルサイユ宮殿の建設期間は49年!ルイ14世は、フーケを失脚させた後、ヴォーの造営に関わったこれら3人の芸術家達を再び雇い入れ、それを越える城を造るよう命じたのでした。それがヴェル宮。。もうヴェルサイユ宮殿とは言わない、省略w



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の前に、私がヴォーに興味を抱いていたのは、この地が、フランス文学「狐物語」の舞台とされるということ。酪農(カマンベールの里と知られている)や小麦の生産が盛んな穀倉地帯のセーヌ・エ・マルヌ県は、物語の格好の舞台だったことが、ここを訪れてみてよくわかりました。

フーケはまた、国の財政を立て直す使命を遂行成功させ、美術の収集家、文芸の擁護者として、モリエールやラ・フォンテーヌ(写真の胸像)をはじめ、たくさんの芸術家たちを支えました。王に向かって直接批判をすることができなかった絶対王政の時代、ラ・フォンテーヌは自作の作品の中で、人間社会の寓意として、動物を登場させたのでした。



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ちなみに、フーケの紋章はリス。銘句は・・

- Jusqu'où ne montera-t-il pas - 登れないところがあろうか

私はこの言葉に魂を揺さぶられました。。



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フーケは、パリ高等法院の議員を父に持ち、なんと13歳でパリ高等法院の弁護士、20歳で参事員請願委員、35歳でパリ高等法院の検事総長、38歳で財務総監に就任します。金融界に人脈をもつフーケは、その筋の知人から借り受けた膨大な額を国王にきわめて高金利で貸し付け、莫大な財産を築きました。そしてその豊かな資金を使ってヴォーを築かせたのでした。不正はなかったにせよ、私腹を肥やすフーケの行いをよく思わない輩は当然いたはず。。



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見学ルートは前後しますが、たくさんの子供たちが社会科見学に来ていました。女の子はドレスを、男の子は騎士の格好をしての見学、さすが これぞ ぉフランス!



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書斎の先はフーケの寝室。フーケはここで安眠できたのでしょうか。。フーケがこの城に住んだのは、このベッドに横たわることができたのは、ほんの数週間にすぎなかったのですから。。

そうそう、今回は日本語のオーディオガイドを借りましたが、まるでサスペンス映画をみるような史実を、ドキドキしながら聞き進めました。こんなに真剣に聞いたのは初めてだったかもw

そしてついに ''その時'' がやってきます・・



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1661年8月17日、フーケは、当時フォンテーヌブローに滞在していたルイ14世を招き、豪華な宴を催します。城はたくさんの花々で飾られ、人々は音楽やモリエールの演劇に興じ、宮廷料理人ヴァテールによる豪華な料理に舌鼓をうち、夜空は花火に輝く・・

でも、この途方もない財力を目の当たりにして自尊心を傷つけられたルイ14世は、同じくフーケの成功を妬んでいた財政家コルベールの入れ知恵を受け、フーケを投獄する決意を固めます。。

宴から3週間後、王はフーケを伴ってナントを訪れた際、かのダルタニャン♡に身柄を逮捕をさせ、バスティーユの牢獄に3年間投獄。その後、フーケはアルプスのピネローロ要塞で手記を書いたりしながら16年後に獄死、二度とヴォーに戻ることはありませんでした。。この時の手記はいまどこにあるのだろう。。




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ちなみに、ヴォーは、大好きな映画「仮面の男」のロケ地でもあります♡ ルイ14世役のレオ様がクリスティ―ヌを口説くシーンは正にこの「ヘラクレスの控えの間」。市松模様の床も洒落ている(意識して撮っていないので写真には写っていないけど)。

クリスティ―ヌの恋人は三銃士のひとりアトスのひとり息子。ルイはラウルを戦地に送り、死に追いやると・・









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フーケが裁判にかけられる様子を描いた絵が廊下に掛けられていました。実に3年にも渡る裁判では、フーケは一度は見事に釈明し国外追放の判決が下ったものの、ルイ14世により終身刑に替えられました。。無念だったことでしょう。。




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芸術家や詩人に霊感を与える女神ミューズ。「ミューズの間」では、画家ル・ブランの才気に触れ、ただただ茫然と立ち尽くしてしまいました。。壁には『アミンタとシルヴィア』を題材にした有名なタピスリーが。モリエールの『亭主学校』が上演された部屋でもあり、モリエールの胸像が飾ってありました。
※『L'École des maris 亭主学校』・・1661年6月24日初演。「女性の教育をどのようにすべきか」をテーマにした戯曲。当時モリエールの劇団を庇護していたオルレアン公フィリップ1世に捧げられた。



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ワシの天井画(未完成?と思わせるシンプルさ)と2万6,000冊もの蔵書を誇る図書室。



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興味深かったのはバスルーム。ベッドも然り、昔の人は小さかった? カツラを置く台も地球儀(大理石?)のよう。リカちゃんハウスをふと思い出したり。ホントにどこをとってもエレガントで愛らしいお城。



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「ルイ15世様式の小室」 好み♡

他にも、「フーケ婦人の寝室」「ルイ16世の寝室」「国王の寝室」などなど。ドーム見学(別料金)はまた次回。



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主人付きの使用人は家族も同然、大切にされていたことが、この部屋からもわかります。壁にはマリ―・アントワネットとルイ16世の肖像画も。



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「ビュッフェの間」この時代以前は、食事は、主人や客のいる部屋に料理が運ばれていたので、史上最初の「食堂」ということに。



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窓の外には、広大な庭園を望む素晴らしいパノラマが広がっています。「Le Boulingrin ル・ブーラングラン」と呼ばれる刺繍のような芝生がとても美しい。ジャルディニエたちが熱心に手入れをしている姿も美しく、印象に残りました。朝に夕に、四季折々に、美しい風景を見ることができるはず。



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最後に庭園散歩。ル・ノートルの設計によるこの庭園は、フランス式庭園が最も完全なかたちで実現された庭だとか。一説には、ルイ14世が嫉妬をしたのは、お城ではなく庭園だったとも言われているらしいけど、同感。次回はヴォーの庭園でピクニックしましょ。



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フーケの失脚後、豪華な装飾品や絵画はルーヴル宮やヴェルサイユ宮殿に没収され、フーケ夫人の元に戻ってきたのは実に12年後だったとか。。その後も、ヴォーはさまざまな人の手に渡っていきますが、1875年、砂糖で財をなした実業家アルフレッド・ソミエの所有となると、城館、庭園などが整備され、現在では、フーケの子孫ヴォギュエ伯爵家がヴォーを管理、一般公開されるようになりました。維持管理の為にいろんな工夫をしていらっしゃるようですが、この記事を書いている時に Le Palais du Chocolat なるイベントがあることを知りました!これは行かねばゞ

この日は、ヴォーの後、フォンテーヌブロー宮殿にも行ったのですが、ヴェル宮も然り、私にはちょっと自己主張が強すぎて、食傷気味な感じをうけました。。まぁでも、ヴォーは宮殿ではなく貴族の館ですから、比較するのは邪道だけれど、でももしフーケが失脚せずに政権に生き残っていたら・・ルイ14世がもう少し賢明王だったら・・妄想は尽きませぬ。。

ルイ・ル・ヴォーによるイタリア建築の城館も美しかった。あぁまた何度もヴォーに行きたい。。

Chateau de Vauxt-le-Vicomte
77950 MAINCY



by cocobear-riko | 2016-08-26 06:05 | トランクはパリに預け・・ | Comments(3)
Saint-Germain‐en-Laye
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知らない街を歩いてみたくて郊外へ。セーヌを挟んで丘の向こうはパリ、エッフェル塔がひょこっと顔を覗かせている。


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太陽王ルイ14世が生まれ、デュマは「三銃士」を書き、ドビュッシーが生まれ、ナビ派のモーリス・ドニが住んだサンジェルマン・アン・レ―


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ル・ノートル設計のきちんと整備された庭園も美しぃ


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パリを離れてのんびりと過ごす。きっと素敵なところがまだまだあるはず♡


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ドビュッシーの家で動画を少し撮りました。




by cocobear-riko | 2015-04-22 07:37 | トランクはパリに預け・・ | Comments(0)
Auvers-sur-Oise
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ゴッホ終焉の地 Auvers-sur-Oise オヴェール・シュル・オワーズに行ってきました。



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麦畑の先に菜の花畑、若葉もえたつ中での小鳥のさえずりも美しく、忘れられない滞在になりました。



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ここオヴェールで10週間という短期間で一日1作品という驚異的なはやさで70点の作品を残したゴッホ。画家として人生を歩み始めてからわずか10年、37歳という若さでここで命を断ったわけですね。。

ゴッホと弟テオのお墓はひっそりと寄り添うように並べられ、オヴェールの美しい光を集めていました。合掌・・



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L'église d'Auvers-sur-Oise



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La Mairie d'Auvers



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あまりにも有名な景色の数々、まるでゴッホの絵の世界に入り込んでしまったかのような感覚に陥りながら・・



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ここの屋根裏部屋に部屋を借り、ゴッホのオーヴェルでの生活は始まり、終わるのです。。



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オヴェールも藤の花がちょうど見頃♫



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去年はゴッホ生誕160年、ジャポネズリーなゴッホが喜んでくれるかな・・と思って着てきた着物は、母からもらった藤の花の刺繍入り、帯締めは鶴田の母の形見、着てきてよかった。。

日本人観光者多し!(私もだけどw)



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e0082110_4335793.jpgザトキン作のゴッホ像!ザトキンにしてはおとなしい?w

でも・・

オヴェール滞在中にもあちこちを旅して回り、精力的に創作活動をしたゴッホ

ゴッホも歩いたであろう道をたどりながら、私はふと、ゴッホは自殺などするかしら・・

もしかしたら最近言われている他殺説も有りかも・・

と想像。。



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Château d'Auvers

お城が美術館になっていて、そこからの眺めにうっとり・・

ここには本物の絵は一枚もなかったけれど、ベルエポックの世界を体験できる趣向がたくさんあり(列車の模型ではパリからオヴェールまでの映像を車窓から見ることができたり)、暫し時間旅行を楽しむことができました。

ちょうどプチパレで開催中の「PARIS 1900」も見た後だったので、ここオヴェール城でも同じような展示を見ることができ、大満足な、忘れられない一日となりました。



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楽しい時間はあっという間に過ぎパリに戻る時間。オヴェール川と蛇行するセーヌを渡りながら・・



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友達が「カメラの用意をして~」というので待ち構えていると・・



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ユーミンの「中央フリー・ウェイ」を彷彿させる景色が目に飛び込んできました。

右に見えるエッフェル塔~ 左はモンマルトル~ ♫w

パリから小さな小さな旅

ゴッホのみならず、ドービーニー、コロー、セザンヌ、ピサロなど、名だたる画家たちを誘い、創作意欲をわかせた美しい街オヴェール・シュル・オワーズ

いつかまたスケッチブック持参で再訪したいな・・
by cocobear-riko | 2014-04-30 10:09 | トランクはパリに預け・・ | Comments(0)
Frédéric Auguste Bartholdi(フレデリク・オーギュスト・バルトルディ)
コメントにお返事するのに、4年前の写真と記事に目がいきました。
最後に、「いつか、ルーヴルだけの為に渡仏したいな・・・」と書いています。
その想いは去年実現できたわけで。。
次なる野望wも、たまたま昨日、新宿伊勢丹でイノウエカンナさん(テディベア画家)と
話しをしていて、ピンと繋がるものを感じたのでした。
またココでご報告しますね。
とにかく、行動あるのみ!





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写真は、二年前のフランス・リヨンの秋。マダムはノーリーブですが。
市庁舎横にあるテルー広場の、実に躍動感のある素晴らしい噴水です。

昨夜、オセロの松嶋尚美さんが、テレビで、 「世界遺産100個、100万円で見られるの?」
という企画の中で、フランスの世界遺産をまわっていらしたのですが。
この噴水も世界遺産100個の内のひとつとしてカウントしていらっしゃいました。
いつか紹介しようと思いながら忘れていた噴水画像、日の目をみてよかったです;

フレデリク・オーギュスト・バルトルディ(1834年-~1904年)は、フランスの彫刻家。
アルザスのコルマール出身。あの<<自由の女神>>をつくった彫刻家です。
自由の女神像は、1886年、フランス政府からアメリカ政府に寄贈されたもの。
母親をモデルにつくったのだとか。素敵なマモンだったのですねぇ。

秋、ですが、、
噴水繋がりで、ルーヴル、クールカレの噴水もupしましょ。

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いつか、ルーヴルだけの為に渡仏したいな・・・
by cocobear-riko | 2013-09-21 18:48 | トランクはパリに預け・・ | Comments(2)
ルーヴルのランス別館へ(前半)
三日目のパリも晴天なり。だけど、凍てつく寒さ~。この日は更に北へ、ルーヴルが新しくつくったランス別館に行くのに、どうなることかと思っていたら、いつも行き当たりばっかりwの私、ランス直通のTGVがなくArras乗り換えに、一時間も北駅の暖房の入っていない、マダムがメシャン(イジワルw)なカフェで待つ羽目に。。でも帰りは直通が取れひとまず安心。。



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パリから約2時間くらいでしょうか、ランスからシャトルバスに乗り、ルーヴルランスに到着〜

名物の双子の鉱山、ボタ山(ユネスコ世界遺産)がプチ富士山のようで一気に親近感が湧きました。

ルーヴルランスの建物を担当したのは日本人による設計事務所SANAAとアメリカのイムレー・カルバートImrey-Culbert社。このニュースを耳にしたのは数年前、、まだまだ先だと思っていたら、、時が経つのは早すぎまする。。

ルーヴルとは趣が違うランス別館、ルーヴルは建物だけでも楽しめたわけですが(特に私はルーヴル宮の動物オブジェをたくさん撮ってきたので)、このシンプルさもたまらなく好きです。


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5月の新宿伊勢丹作品展の準備に入るので、後編では、「私のルーヴルランス・ベスト10(ただし本日のw)」をお伝えして、あとは、またポツリポツリとupしていこうと思っています。

あ、ルーヴルのイスラム部門レポもまだでした^^;
by cocobear-riko | 2013-04-09 05:13 | トランクはパリに預け・・ | Comments(0)
ルーヴルのランス別館へ(後半)
ルーヴルランスは、想像以上に素晴らしかったです!!私は、展示が変わる度に、可能な限り行きたいと思いました。というのも、ランス別館は、所蔵コレクションを持たず、ルーヴルパリの傑作を、5年サイクルで展示する、新しい展示方法をとっているからです。ん?でもあと何回見れる計算?w そのうち何割かは2年周期で入れ替わるようですが、決まっているのは、その公開日は、12月4日(ルーヴルランスのオープンした日)、ということ。目が離せません!



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すでにあちこちで目にしている光景、「Galerie du temps 時のギャラリー」、古代と中世と近代、時と空間を横断する展示は、目の当たりにするとやはり圧っっ巻!!そして、保存状況の良いこと、ただただ感動するばかりでした。

いきなり話は変わりますがw、ルーヴルランスは、縦より横のショットの方が雰囲気が出ますね。

古代オリエント(25作品)
古代エジ プト(21)
古代ギリシャ・エトルリア・ロシア美術(31)
大好きなイスラム美術(37)
美術工芸(31)
絵画(30)



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壁には紀元前3,500年の文字、気が遠くなるような数字ですが、世界史年表をぱっと開いてみるような感じ、少し歩いただけで、ルーヴル本家より見やすいと感じました。さまざまな地域の文明や技術をいろんな角度から比較鑑賞、ギャラリー内を何度も行ったり来たりして、心躍るひとときでした。

さ、それでは"マイベスト5"をば~(ベスト10のはずでしたが変更w)



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Pazuzuパズズ, 紀元前800-700, イラク
いきなり衝撃が走りました!!これは、まさに、かつて悪夢にうなされた映画「エクソシスト」に登場した、古代バビロニア神話に出てくる悪魔パズス!!こわいのでYouTubeの映像は貼りませんがw。あ、でも、映画では、当時、「えっ?これが悪魔の正体?ちょっと手抜き?」と思ったことを思い出しましたw。

でも、逆に、この忌まわしいグロテスクな顔立ちから、悪の力を払いのける厄除けの力も備わっているとされ、守護神として称されることもあったそう。陰と陽、善と悪、この世の誰もが持つ二面性を象徴しているのでした。



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この日は、小学校の社会科見学で混雑していましたけど、鑑賞のマナーを徹底的に教えられ、何より美術を楽しんでいる様子に、心を打たれました。子供達と一緒にバズスをスケッチしたかった~次回からスケッチブックを持参しましょ。



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フランス・ブルゴーニュの聖母子像, 15世紀中頃
こんな可愛いらしい表情のマリア像を見たことがありません。でも、キリストは、不服そう?なお顔w。なんでも、ブルゴーニュの聖母子像は、幼子イエス・キリストを左側に抱かせてつくるよう、決まりがあったとか(14世紀からフランス革命頃まで)。今、「聖母子」で画像検索したら、確かに、左、中央、右、さまざまでした。聖母子の見方が変わりました。

作り手は、何かを意識して作ったのでしょうか。。詳しく検証している時間が今はありませぬが、よく言われるのは、心臓の鼓動が赤ちゃんに伝わるよう自然と左に抱いている、というもの。私は心臓が逆にあるのですが(生まれながら内臓転移症)、子供達は左に抱いていましたw。利き手が自由に使える、という理由もあるでしょうね。でも、そうすると、子供は、左利きになってしまいます。イエス・キリストの利き手はどちらだったのでしょうか。。気になりつつ、この話題はこの辺にして、今後の課題とします。というか、ちゃんとした図録を買うべきでした。。(重くて買わなかった。。苦笑)

あ、もうひとつ気になるのは、マリアのお腹。。ご懐妊か。。イエス・キリストの渋い表情と足の位置も気になったりして。。



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紀元前エジプトの副葬品シャブティ
とっても小さくて可愛らしい副葬品シャブティ、フェーヴのよう、欲しいw。一枚目の写真は兵馬俑のようですがw。お墓の中に入れておくと、来世で故人がする労働を肩代わりしてくれるそう。タイムボカンのあのコたちみたいw。ちなみに、副葬品によく見られるスカラベは、死者の心臓に変わるものとされています。ところで、私は、撮影方法を間違ってしまいました。エジプト彫刻は、右側から見た方が、撮った方が、左右の足を綺麗に見ることができるのですね。左から撮ると写真のように右足が見えない結果に。

では、なぜ左足を出しているのか?吉村作治さんによると、生きている立像は直立不動の姿勢だと倒れやすい為、片方の足を出し、安定感を持たせたということ。左が出ているのは、たまたま最初に作った人が左足を出して作り、それが伝統になっただけで、深い意味はないそう。



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Le Louvre de Napoléon IIIナポレオン三世のルーヴル, 1852-1870, Vistor Chavet
見落としそうな場所にあるので要注意!!今はなきチュイルリー宮(現チュイルリー公園)が描かれいます。ルーヴル宮好きにはタマラナイ一枚です。今は南京錠橋と化してしまった芸術橋も描かれています。

チュイルリー宮のことを少し・・

第二共和制が成立して間もない1852年、大統領に選出されていたナポレオン三世が皇帝を名乗り、第二帝政がはじまりました。オスマン男爵とパリの大改造に踏み切ったのもこの頃です。ナポレオン三世は、ナポレオン時代に未完のままに終わっていたルーヴル宮とチュイルリー宮を「口」の字型に連結する工事を再開させ、1857年、ついに完成 、「ルーブル美術館」として新装オープンさせます(ルーブルの建物に掘られた「N」は、ナポレオン三世のものだということがわかります)。休館日の月曜以外は、いつでも誰でも鑑賞できるようになりました。

でも、順風満帆だったルーヴルに火の粉が降りかかってきます。普仏戦争とパリ・コミューンです。1870年、パリがプロイセン軍に包囲されると、グランド・ギャラリーは、銃身を彫る工場と化しました。翌年5月には、パリ・コミューンの最中、チュイルリー宮に火が放たれます。チュイルリー宮は焼け崩れ、12年もの間、無残な姿をさらした末に撤去、「口」の字型に完成したルーヴルは、わずか25年で、その一辺が欠けて、「コ」の字型となってしまったのでした。。

もしかしたら、ルーヴルのこと、「ロ」の字型に戻すかも?しれませんが、つかの間の栄華を感じる一枚です。ちなみに、フランスのアマチュア考古学者が「サモトラケのニケ」を発見したのは、この頃です。



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Chef-reliquaire聖骨箱, フランス・リモージュ, 1275-1300
この頭部は処女殉教者(聖ウルスラの仲間?)。アルカイックスマイルですねぇ。リモージュといえば陶器のボックスを思い出しますが、その昔はこんなのも作っていたのですねぇ。ルーヴルの「アンリ2世の心臓記念碑」を思い出しました。



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こちらは番外編~ルーヴルランスの柿落としの目玉はなんといってもドラクロワの「民衆を率いる自由の女神」。日本に次いで二度目の遠征、オープン直後の落書き事件の後なのでピリピリしてるのかな、と思ったら、そうでもなくw、結構近くで見ることができました。この絵には、2本のフランスの国旗が描かれていますが、この明るい照明のお陰で、ノートルダム寺院の上ではためくトリコロールを、初めて見ることができました。帰国してパソコンで確認した時、ちょっと感動ものでした。

そうそう、私は、上野にいらした時も、会いにいっているのです。この絵にご縁があるのかも。それに、今回、ノートルダムにものぼり、正に、ドラクロワが描いた旗のところにも行っているのです。ノートルダム850年の節目の年に、この絵を見ることができて、きっと一生忘れることはありませぬ。。



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・・と言っても、私は、その横に鎮座しているアントワーヌ・ルイ・バリのライオンとヘビに、正しくかぶりつき状態になっておりましたが~w



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あら~とっくにベスト5過ぎていますがw、ルーヴルランスの魅力は、なんと言っても、見る人それぞれの趣向、テーマで見ることができるということ。私のテーマは、当然、動物。おそらく半分の作品を撮ったと思われます。作品の片隅にたくさんの動物を見つけました。それだけ、昔から、動物と人間は、共存し合って生きてきたということなのですね。

写真は、墓石に掘られた墓守のワンちゃん。飼い主に愛されていた様子がこの表情を見ればわかります。そして、どこまでもロマンティックなプッサン、毛をかられた羊が可愛い^^



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こうなったら止まらない~w、こ~んなイラン国王の肖像画も発見~トランプの絵札みた~いw

Fath-Ali Shah ファトフ・アリー・シャーは(1772年9月5日-1834年10月23日)、1797年6月17日から死亡するまで、ペルシャを統治した王様でした。ファトフ・アリーの時代は、ペルシャ絵画の復興期で、他のイスラム王朝には類を見ない肖像画や大規模な油絵が描かれたそう。こんなサイトも見つけました。25枚の肖像画を残したそうで、太陽王負けたねw。158人の妻と260人の子供も持っていたそう。なるほど、わかるような気がするw
※wikiより一部引用



そうこうしているうちに10作品以上、紹介してしまいました; この辺にしておきましょう。

もちろん、ラ・トゥール、ボッティチェルリ、ラファエロ、ル・グレコ、ルーベンス、レンブラント、ゴヤ、アングルなど、有名どころの作品も展示されてますが、私のこのレポからも、ホントにバラエティ豊かなラインナップになっているのが、おかわりいただけることと思います。十人十色、それぞれのテーマで、毎回違うテーマで、ルーヴルランスを楽しむことが出来ると思いました。



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そうそう、トイレに行こうと地下におりたら、修復室がガラス張りになっていて、修復中の作品を見ることができるようになっています。モニターでは、ルーヴルの歴史や所蔵作品を、タッチパネルで楽しみながら見ることができます。ライブラリーも充実しているし、素敵なカフェもあるし(レストランもできるらしい)、一日中いれるかも。いや、ここで働きたいかもw

オープンから1年間(2013年12月3日まで)は入場無料、写真撮影もOK!

あ~んこれ書いてたら行きたくなってきた~;
by cocobear-riko | 2013-04-09 05:13 | トランクはパリに預け・・ | Comments(2)
l'Eglise Sante-Jeanne d'Arc
ルーアンへ小さな旅

今回の旅では、パリでお能「ジャンヌ・ダルク」を鑑賞し(別レポします)
百年戦争で捕虜となったジャンヌ・ダルクが火刑に処された(1431年)終焉の地で
祈りを捧げることができました。。

ルーアンといえば、フランスの新首相フランソワ・オランド氏もこのルーアンのご出身
また、1952年から1968年の間の5回、F1GPも開催されているのですねぇ。

小さくてこじんまりとした街ですが、魅力がたくさん詰まった街です。

ルーアンの旧市場広場に建つ聖ジャンヌ・ダルク記念教会
この教会はなんとも不思議な外観をしています。。
建築したのはノルマンディーのルイ・ア​レッチ氏、古代から続く船の建築技術を取り入れたそう
なんと"市場"との複合建築になっているのです。

火刑跡には大きな十字架が掲げられていました・・


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教会なのに17時に閉館。。スロースターターの私が間に合うわけないw
外から少しだけステンドガラスが見えました。これだけでも綺麗~
また来れるってことかな。。


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顔出しパネルにしてほしかったw


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買い物ついでに一杯♪


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ルーアンは基本的に歩いてまわれます。
一方通行も多いため、車よりは徒歩がよい。


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ルーアンで人気のショコラティエ"オトー"
素朴で美味しい、私好みの味でした。
マダムもとても感じがよくて、また必ず行きたいお店のひとつになりました。
ビーバーがタブレットをつくっていました^^


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メガネ屋さんに、クマ、発見!


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駅近くの公園、二羽の白鳥が優雅に羽づくろいをしていました。


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帰りはサン・ラザールまでショコラ三昧♪オトーのフィナンシェも美味であった♪
クマのシュセット・ショコラは、食べ方が悪かったのか、一口で全面崩壊;とほほ
これもリベンジするべし!



e0082110_425134.jpg 今回はこの色留袖がよかったのでしょうか
 数歩、歩くごとに記念撮影を頼まれました。

 着物は後ろ姿も綺麗なんですよ。
 と説明してポーズをとると
 人垣が出来、野次馬さんまで集まってきた・・

 このポーズはどんな意味はあるの?
 触ってみてもいいですか?

 ちょっと気恥ずかしい気持ちもしましたが
 みなさんは真剣です。
 
 いわゆる民族衣装を街中で堂々と着て歩くこと
 ができ、かつ、芸術性も高いというのは着物を
 おいて他にあるでしょうか。

 喜んでいただけて嬉しかったと同時に
 母国の良さを再認識できた小さくて大きな旅でした♪
by cocobear-riko | 2012-06-03 03:07 | トランクはパリに預け・・ | Comments(0)
ポアシー③
ポアシー玩具博物館へ・・
※これまでのレポは→ポアシー① ポアシー➁

さらに3階へ、螺旋階段をのぼります・・

そこは、立派な木の骨組みが残る屋根裏部屋になっていました。
手前には鉄道模型(ちゃんと列車が走っています)、回転木馬、ギニョール(操り人形劇)・・etc


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グランヴィル?この部屋によく合っていました
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ここで終わりかな・・
と思っていると、kikiちゃんが、「まりこさん、この先に部屋が!クマがいるよ!」

カーヴのような部屋、、kikiちゃんがいなかったら、見逃していたはず。。MERCI♪

なんとも贅沢なドール&クマ部屋。。。。。
人形がみんなこっちを見ているのがちょっとアレだが;
鉄道模型も然り、こういうコレクション部屋は、オタクの憧れでありまする。。。。。
そして、我々は、中世に、タイムスリップするのでありました・・w
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うふふ

あはは

中世のメイドコスプレに興じる私とkikiちゃん(しかもコスチュームは子供用w
そこへ、フランス人グループも参入、ムッシュたちも被りものを被ったり、
「記念に一緒に撮って」と撮影の嵐。古今東西、楽しみ方は同じなのだとほっとしましたw
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博物館の帰りにノートルダム・ポワシー教会へ 。
12世紀、ルイ9世が洗礼を受けた教会。
参拝者は私とkikiちゃんだけ・・ しばし祈りを捧げる・・
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駅前のトロンプルイユ(騙し絵)
パン屋さんがあるから明日の朝パンを買おうかな~と思ったら日本食レストランだった。
騙されたなりw

たかが玩具、されど玩具

玩具とは、忘れかけていた大切な何かを思い出させてくれる、特別な存在と再確認できた
ポワシー再訪の一日でした

また行けるといいな~



追伸・・




記念に買ったワニ、動きが速すぎてついていけませんw、エイリアンの域ですw
by cocobear-riko | 2012-06-02 18:16 | トランクはパリに預け・・ | Comments(2)



Mariko TSURUTA, je suis créatrice d'animaux, d'ours en peluche. テディベア、動物作家の鶴田眞利子です。Tous droits reserves copyright(c) 1995-2017 Coquin Coquine Bear 
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