カテゴリ:13e( 8 )
Marché Auguste-Blanqui
e0082110_17211292.jpg

Butte aux Cailles ビュット・オ・カイユ 鶉ヶ丘 に行く前に地元の人たちで賑わうマルシェをてくてく・・



e0082110_73947.jpg

ジャックテリアを飼ってる人が多い・・(ん?・・・踏んでるw)



e0082110_1765159.jpg

苦手だけどプロマージュのビジュアルは好き。



e0082110_1771094.jpg

苺を綺麗に並べるのがパリ風?端から順々に取るシステム、選べないけど合理的w



e0082110_17114633.jpg

玉ねぎは小ぶり



e0082110_1712388.jpg

パリでは観光地よりもこういう日常の中を歩くことが多いけど、そこには動物たちがたくさん棲んでいる・・♫



e0082110_1714853.jpg

by cocobear-riko | 2014-04-29 18:14 | 13e | Comments(0)
ラ・サンペトリエール病院と日時計
e0082110_6505178.jpg

e0082110_3404711.jpg

今回は前半が珍しく不調だったのですが、こうして不調な時の写真を見ていると
少し影があるくらいがちょうどいい風景があることに気が付きました。

写真は、13区にあるラ・サンペトリエール病院。
ルイ13世の時代、ここには小さな武器庫があり、火薬を製造していたそう。
1656年、ルイ14世は、パリ市内から乞食を一掃する目的で「パリ貧民総合病院」
として、大々的に拡張工事をスタートさせます。

それまで、精神病患者は、手足を縛って収容していたのを、高潔で偉大な医師ピネル
は、人間的扱いに変え、神経精神科の治療法の改善に貢献しました。

そして、ここは、ダイアナ妃が救急車で搬送され息をひきとった病院でもあります。。
フランス式庭園が広がる美しい病院が終焉だったのだな・・と、
年齢が同じこともあり、しばし祈りを捧げました。。

※一部、ミシュラングリーンガイドブックより引用しました。



e0082110_3421012.jpg

敷地内の八角形の独創的なサン=ルイ礼拝堂は、1670年に、リベラル・ブリュアンが
建てました。中にも入ってみましたが、改修工事前なのか、、かなり荒れ果てていて
撮影は食指が動きませんでした。。



e0082110_3472055.jpg

この日の目的は動物が施された日時計。朝から回っていたところは全て私有地にあり
撮影できなかった為、この牡牛座(かな?)さんのみが、この日の収穫でした。

まぁ、こんな日もあります。

そして、諦めないことで、最後にたくさんの収穫がありました。



e0082110_22571499.jpg

by cocobear-riko | 2013-11-13 22:57 | 13e | Comments(0)
メガネザル
^m^;

e0082110_574628.jpg

e0082110_53420.jpg

by cocobear-riko | 2010-07-05 01:16 | 13e | Comments(0)
パリの貞子~~?
e0082110_236896.jpg

e0082110_23301170.jpg

13区の工事中の壁、貞子っぽくてゾクッ^^;
この先にはMISSTIC(有名な女性落書きアーティスト)の動物(カバ)を見ることができました
ミスティックはパリジェンヌと短かな詞を壁にポシュワール(ステンシル)していますが
動物は初めてみました!!!

e0082110_23303414.jpg

e0082110_2353890.jpg

ところで、7月14日(水)「熊本日仏協会総会・パリ祭」でパリの街角動物オブジェについて
講演をさせていただくことになりました(40分間)。この3年間の想いが実ります。
一ヶ月をきりましたので、図書館に通いながらまとめていくとします。
すでに緊張していますが、楽しい緊張です^^♪がんばります!!
※協会員以外の方でもご参加可能です。よろしければ、以下、お問い合わせくださいね

「熊本日仏協会総会・パリ祭」
日時:2010年7月14日18:30~
場所:熊本全日空ホテルニュースカイ24階
会費:5,000円(ディネ含む)
熊本日仏協会
by cocobear-riko | 2010-06-17 23:53 | 13e | Comments(0)
La Butte aux Cailles (ビュット・オー・カイユ 鶉が丘)
e0082110_112666.jpg

パリでは1~20区までくまなく歩きますが、なんというか肌にしっくりくる地域があります。歩いていてわけもなく楽しいというか。この辺りもそうです。鶉(ウズラ)通りは鳥さんの名前かと思ったら、人の名前でした。ビュット・オー・カイユ、鶉さんの丘には、ゆったりとした風が吹いていました・・


e0082110_1184477.jpg以下、スタルクより

1543年、ピエール・カイユは、ここを購入しました。ブドウの木が植えられた小さな丘からはビエール川が見渡せました。この小さな農区の名前は、1783年、ダルランドゥ侯爵とピラトル・ドゥ・ロジェが乗った気球が緊急着陸したという激動の苦い歴史と共に残るでしょう。
余談)気球はフランス人のモンゴルフィエ兄弟が発明しました。製紙業者の息子に生まれた二人は、焚き火をした際に発生する煙を紙袋に溜めると、紙袋が浮かび上がることに気がつき、気球を思いついたそう。環境って大事ですね^^。1783年9月19日には、あのルイ16世の御前で気球の飛行を披露します。有人飛行の許可をもらうために。実際に籠に乗せられたのは、ヒツジとアヒルとニワトリだったそうですが;。そして、スタルクに記載されているとおり、1783年11月21日、人類最初の有人飛行で悲劇が起きました。ピラトル・ドゥ・ロジェはパイロットでした。飛行機事故で亡くなった最初のパイロット、ということになっているようです。でも、その後、気球ブームが起こりました。郵便用に活用されたり、ジュール・ヴェルヌの「80日間世界一周」も気球でしたね。第一次大戦には気球爆弾なんて悲しい使われ方もされましたが。
Pilatre de Rozier(French balloonist)

また、小さな丘には、いくつかの風車がありました。その後、1860年まで、この場所には、ふたつのうちひとつが残っていました。
余談)19世紀前半まで、パリを囲む村々のいたるところで、風車小屋が点在して、粉挽きたちが小麦を挽いていました。水車を含めると300!パリ郊外は、18世紀まで、オランダの田園地帯と変わらぬ風景を見せてくれていたのですね。

ピエールとグレースは、井戸を掘りました。
余談)1863年、当時のパリ知事だったオスマンは、ビエーブルの水位を上げるため、この丘に住んでいる人々のため、井戸を掘ることを決めました。工事の中断、再開を繰り返し、現在では、620メートルまで掘り下げられているそう。

1848年、2月革命、大きな戦争に入ると、ビュット・オー・カイユは、中古屋と皮職人であふれました。教会のないこの町で、たくさんの人々は、和やかな自由な精神を持って、アトリエや商店に閉じこもりました。

e0082110_1122538.jpg

余談ばかりですが;余談の余談です。笑

4人の美しいニンフ(水の精)たちはパリの水飲み場フォンテーヌ・ヴァラス。大富豪のヴァラスさんは、普仏戦争、パリ・コミューンで疲弊(ひへい)したパリの数十箇所に、寄付・設置をしました。それぞれに「善意」「素朴」「慈悲」「節度」を表わし、「素朴」と「節度」は目を閉じ、「善意」と「慈悲」は目を開け、更に、「素朴」は春、「慈悲」は夏、「節度」は秋、「善意」は冬を表しているそう。感動ものです。フォンテーヌ・ヴァラスでお水を飲んだことはありませんが;(冬場は凍結防止で停められています)

ということで、7スタルク(そしてそれに纏わる動物小話)、ご紹介しました~^^/
by cocobear-riko | 2009-02-12 01:22 | 13e | Comments(2)
Folie Lepreste de Neubourg(フォリ・ルプレス・ドゥ・ヌブール)
e0082110_0511386.jpg

建物に施されたネコのレリーフを撮影した帰りにみつけたスタルク。私はパリではほとんどが行き当たりばったりなフラヌリ。なので、素敵な風景に出合うと、何倍にも心が躍ります。

e0082110_048210.jpg

以下、スタルクより

建築家のペイルによって、1762年、建てられました。それは、古代イタリア様式で、法外な出資でした。中世の大通り沿い、2つの角ばった建物の間にある正面の列柱回廊には、4つの装飾彫刻が施されていました。ルプレス・ドゥ・ヌブールは、1786年に売りに出されたフィナンス・ドゥ・カーン、王の顧問の所有物だったこの大邸宅を、彼の娘から偶然に手に入れました。この家は、革命から放置され、パリの病院の洗濯屋になっていたこともありました。公園の端の暗渠(あんきょ)となったビエーブル川沿いにありました。

1889年頃から廃屋になり、彫刻家オーギュスト・ロダンがアトリエを設けます。ロダンは出世し、カミーユ・クローデルを愛します。
余談)ロダンとカミーユが別れたのも1889年。国立美術館(今のオルセー美術館の場所に新設予定でしたが中止されました)からの注文「地獄の門」(上野・国立西洋美術館所蔵)を製作していた時期でもあります。ロダンはダンテの「神曲」の中の地獄篇からインスピレーションを受け「地獄の門」を彫りましたが、真実は小説より奇なり、妻と愛人との激しい愛憎がロダンを狂人的に作品に向かわせたのではと、上野に行く度に想い廻らすのであります。

1909年、この狂人館は、取り壊され、土地は分けられました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

スタルクは古い時計屋さんの建物の前に建てられていました。最初、時計屋さんの歴史案内板かな?と思ったのですが、物語を感じるスタルク風景になっていますね。
長針と短針が交わることを永遠に拒むようにして止まっている壊れた輪廻の時計。愛し憎み合うもの達を葬るかのよう。。
by cocobear-riko | 2009-02-12 00:54 | 13e | Comments(0)
N°11・・・GRAFFITI(グラフィッティ パリの落書き)
今宵は、この間のパリで見かけたラクガキをぽんぽ~んとご紹介。
前半は13区、後半は20区。
e0082110_21584943.jpg

                                     ↑金魚^^
e0082110_2159616.jpg

Nemo(ネモ)ですねぇ。トレードマークの赤い傘に気がついたら、雨が降り出して~;

e0082110_21595922.jpg

e0082110_2201344.jpg

e0082110_2202499.jpg

セクシーな女性の絵はミスティック。ネモ同様、13区でたくさん出会えます。パリのラクガキはポシュワール(ステンシル)で描かれることが多いよう。↓の3枚は20区

e0082110_2221295.jpg

e0082110_22211524.jpg

e0082110_22205135.jpg

il fait se mefier des mots、言葉には用心する必要がある、でしょうか。
サザンの「C調言葉に御用心」を思い出しました^^

イタリア生まれのアーティストBen(jamin) Vautier(バン(ジャマン)・ヴォーティエ)の作品。シニカルな言葉遊びと手書きの文字がBenの作風。面白いですねぇ。「リコラボク」のbokuさんの字も"ボクさんフォント"に成り得るなぁと思っているのですが、"Benさんフォント"も有りかも。ちなみに人もオブジェです。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


e0082110_2154381.jpg「JAPAN TEDDY BEAR 
plus Friends vol.51」

N°11・・・GRAFFITI
(グラフィッティ パリの落書き)

取材から半年後、5区の郵便局のラクガキは、ラクガキのイタズラにあっていました。。


e0082110_21542696.jpgバックナンバーのお問い合わせご購入はコチラから

よろしくお願いいたします。

明日は大阪です♪
by cocobear-riko | 2008-12-12 22:54 | 13e | Comments(2)
13区
e0082110_14555224.jpg

13区
・Rue du champ de l'ALOUETTE(ヒバリ)
・Rue de la butte aux CAILLES(ウズラ)2008/10撮影済

※只今、写真は、イメージ写真ということで、ご紹介しています。
 参考図書「Le bestiaire de Paris」
by cocobear-riko | 2008-10-19 14:56 | 13e | Comments(0)



Mariko TSURUTA, je suis créatrice d'animaux, d'ours en peluche. テディベア、動物作家の鶴田眞利子です。Tous droits reserves copyright(c) 1995-2017 Coquin Coquine Bear 
by cocobear-riko
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31