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本日、ロックの日!
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6月9日は「ロックの日」ということで、久しぶりにフランスのオペラロック『1789 les amons de la Bastile』の話を~ぎりぎり間に合ったw

写真は、一昨年、『1789 les amons de la Bastile』に行った時に撮ったもの。懐かしい。。(興奮して帯締めが下がっていたことも気がつかずw)

今秋は、シーズン3が3Dとなって公開になるよう。私は3Dは酔ってしまうので(とほほ)、去年のシーズン2同様、行けないなぁと思っていたら、なんと、公開2日目のリハーサルで爆発事故があり、舞台装置チーフのMarcus Toledano氏が亡くなられていたのでした。。知らなかった。。フェイスブックのオフィシャルにも事故に関する書き込みはなく、ちょっと不思議。。そして更に驚いたのは、主人公の最期が変わっていたこと!・・史実を変えていいのかww(オランプは反革命の容疑で逮捕されて自ら望んで断頭台の露と消えるのに、シーズン2では監獄でロナンをかばって弾丸に倒れる設定に。。それとも監獄シーンでは致命傷にはいたらなかったのか。。)




シーズン1



シーズン2



ロナンは農民出身の革命家。革命の英雄ダントンやデムーランと共にバスチーユの襲撃に参加、人権宣言に貢献した人物。オランプ・ド・グージュは、劇作家、女優、フェミニズム運動の先駆者。1791年、フランス初の憲法が制定されますが、現在でも冒頭に記されている『人権宣言』の内容に異議を唱えたのがオランプ女史。

人権宣言の中に書かれた「La Déclaration des droits de l'homme et du citoyen(人間及び市民の権利宣言)」のhommeとは「男性」を指しているのではないか!と、その記述をfemme(女性)に置き換え、「La Déclaration des droits de la femme et de la citoyenne」と書かれたポスターを王妃に渡したり、反女権のモンターニュ派(ロベスピエール)と敵対し国王一家を弁護したり、政権獲得前のジロン ド派を支持したり、ダントンを称賛したり。で、最後は、反革命の容疑で逮捕され、自ら望んで断頭台の露と消えてしまいます。。女性の権利宣言が認められたは、1944年のこと。。私はこの方の歌を聴く度に、感動して、鳥肌がたつのです。。

まるで合言葉のようにして行われた「ギロチン処刑!!」処刑の場となったコンコルド広場を通る度に断頭台の残像をみるような思いが しますが、、コンコルド広場を抜けてアレクサンドル三世橋を渡った先には、ナポレオンが眠るアンヴァリッド。フランス革命は、紆余曲折を経て、ナポレオンの登場で収束を向かえるわけですが、塞翁が馬というのでしょうか、フランスの栄華には、あまりにも多くの同胞の血が流れていることを、その上を私達は歩いていることを、忘れてはいけませぬね。。

そして、女性として、オランプ女史の死と、爆発事故でなくなったMarcus Toledano氏の死を無駄にしてはいけないと思いつつ、いまとても気に入っている劇中歌『Les Mots Que L'On Ne Dit Pas』 を私なりに訳してみました。フランス在住の友達に見てもらいましたが、私の稚拙な訳でこの曲のイメージを変えては申し訳ないと判断し、和訳をつけるのは割愛することにいたしました。ただ、私は、この歌詞から、老子の 「無為自然」の思想をふとイメージしました。あくまで私的な解釈ですが、ロックオペラ、深いです!







『Les Mots Que L'On Ne Dit Pas 』

Il y a des mots qui brûlent mes rêves
Tant d'interdits sur mes lèvres
Que je n'avoue pas

J'ai tant de plaisirs qui se taisent
Tant de désirs qui se plaisent
A rester sans voix

J'ai devant moi la vie que je n'ose pas
Au fond de moi l'envie que je laisse la
J'entends chanter dans mes nuits
Les mots que l'on ne dit pas

Il y a des silences qui font mal
Quand les sentiments se voilent
Des non-dits qui la serrent

Malgré les regards qui condamnent
Mes idéaux portent mon âme
Vers les mots qui espèrent

J'ai devant moi la vie que je n'ose pas
J'entends chanter dans mes nuits
Les mots que l'on ne dit pas

Je sais rien n'est parfait
Je sais tous mes rendez-vous manqués
J'aurai la vie que je voulais
Oser chanter dans mes nuits...
Les mots que l'on ne dit pas

J'entends les mots..
Les mots que l'on ne dit pas
L'envie que l'on ne vit pas
La vie que l'on ose pas

Oser le mot
Les mots que l'on ne dit pas
L'envie que l'on ne vit pas
La vie que l'on ose pas
Les mots que l'on ne dit pas

La vie que l'on ose pas
Les mots que l'on ne dit pas
by cocobear-riko | 2014-06-09 23:48 | 4e | Comments(0)
着物を着てパリ4区をお散歩
Paris Plages, c'est ouvert !



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まずは、パリ市民の憩いの場、市庁舎前からスタート~



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rue Fr. Mirron
さっそく御髪が乱れておりますがw



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rue du Grenier sur l'Eau
なんと13世紀の壁!!!!!
※rue du Grenier sur l'Eau・・・セーヌ(このEau(水)はセーヌのこと)の屋根裏部屋通り



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rue des Barres
パリで大好きな通りのひとつです!!!



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通りにはサン・ジェルヴェ・サン・プロテ教会。フランス・バロック音楽の作曲家でオルガニスト、クープラン家代々の演奏の場となった教会です。以前に書いた記事はコチラ



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飛行機を専門にした骨董店の店先。
この荷台はもう何十年もこの場所に雨ざらしだそう!!!



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持っていかれないように、しっかりチェーンがかかってる!!!w



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着物を着ていると写真をお願いされることもしばしば。
今回、気がついたのは、帯、海外の方は「帯が綺麗」とおっしゃる方が多いのです。
結び方とか、解き方とかw、興味津々です。



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前から入ってみたかったカフェのテラスで小休止~
この日も猛暑日、顔が疲れていますw
私が飲んでいるのはモナコ。本当はパナシェを頼んだつもりが・・w
※モナコ・・・グレナデンシロップ(ザクロのシロップ)+ビール+レモネード



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カバーに使っている写真。くまモンを連れて来てよかった♪



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夏用のバッグを買って、パリ友からもらった綺麗なフランスのレースを使って内ポーチを手作り、コサージュをつけてみました♪
※コサージュはヴァンブで買ったアンティーク



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うしろの建物はコンシェルジュリー(Conciergerie)。もともとフィリップ4世の宮殿でしたが、14世紀後半に牢獄として使われ始め、フランス革命の際には、かのマリー・アントワネットが幽閉されていたところでもあります。。当時はその牢獄に入るとかならず死刑になるというので「死の牢獄」「ギロチン控えの間」と呼ばれていたそう。1914年に廃止ということだから、、割と最近まで、ね。。~><



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セーヌの浄化作戦が成功しているようで、水が透き通っていました。
睡蓮も年々根を広げているそうで、魚が泳ぐ姿もはっきり見えました!



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パリ・プラ―ジュ♪今年は連日の猛暑日で大盛況♪



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プロフィール写真に使っています。
モーツアルトなど音楽家のプロフィール画像のようでしょ。



「パリではよく見かけるけど、鉄の飾り釘って格好いいですよね」
「こちらではPiquer(ピケ)というのですよ。この近くにもありますよ。ほら、サマリテーヌ」

・・ということで、散歩の最後は、再来年のリニューアルオープンが待たれるサマリテーヌへ~
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まじまじ見るのは初めてかも。。モザイクの装飾、アール・デコ様式の建物に魅せられました。

サマリテーヌは、老朽化などから2005年に閉店。今は、ルイ・ヴィトンの傘下にあるようで、あのマークがいたるところに見られます。屋上からの眺めは昔のガイドブックによく載っていましたね。

リニューアルされると、上層階にはホテルのLe Cheval Blanc(ル・シュヴァル・ブラン)、オフィスやテナントスペース、市営住宅も併設されるとか。住んでみたい!w
建築を手掛けるのは我らがSANAA。楽しみ~♪
※SANAA・・・妹島和世と西沢立衛が1995年に設立した建築家ユニット。

photo: S.K
by cocobear-riko | 2012-09-23 19:19 | 4e | Comments(2)
パリの南京錠橋!!
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芸術橋は


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今や南京錠橋


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行く度に南京錠が増えてる


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まあそれも


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個性ということで


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よしとしましょうか


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2011年10月30日(日)
干支教室 in Dear Bear 目黒店
詳細はコチラ

さっそく、お問い合わせ
お申し込みを頂いているようで
ありがとうございますm--m

新作も持参しますよ~♪

よろしければ遊びにいらして下さいね


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by cocobear-riko | 2011-10-08 15:56 | 4e | Comments(0)
la maison du sculpteur
建物の装飾はその建物の家紋のようなもの
たくさんの動物オブジェを撮っていて、同じような作品がないというところに
パリの職人たちの意地を感じます
でも流石にライオンは数が多いので整理整頓にちょっと梃子摺っていますが。。

この辺りは中世の街並みの残る4区
この館には、建物の彫刻家が住んでいたと思われます(もしくは工房があった)
イオニア様式+コリント様式な柱を彫っている職人の自画像、その遊び心に脱帽・・

※下の写真は7区


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by cocobear-riko | 2011-01-23 05:05 | 4e | Comments(0)
Rue de la Colombe
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facebookでチャットをしていてこんな時間に・・; 今宵のお相手はインドネシア人。インドネシア人は礼儀正しく穏やかです。でも、イスラムのお国事情を話していると、やはり、日本やフランス(特にね笑)がいかに自由な国かがわかります。幸せでいてほしいな・・

ということで、今宵は、平和の使者"ハト"なお話

パリではたくさんの通りを歩いてきましたが、この通り、味わい深いです。。何かが秘められているように思うのですが。すぐ近くにノートルダム大聖堂、さて、ラ・コロンブ通りの歴史は・・(以下しかわからズ;

<ラ・コロンブ(鳩)通り> 4区
ラ・コロンブ(鳩)通りは、階段の上に建っている風変わりな居酒屋(写真)から始まっています。通りの石畳や建物の壁にはルテティア(ローマ時代のパリの名称)のガリア・ローマ式城壁がわずかに残っているのが見られます(次回確かめましょ。宿題)。22番地には聖堂(ノートルダム)参事会員の寄宿舎がありました

レストランのファサードに施されている鳩がさり気なくて素敵でした(今度ここで食べてみよう

では、鳩が平和の象徴とされた由来は?

平和の使者と言われているわりには、パリも鳩が多く、あちらこちらでフン対策がなされていますが^^; 旧約聖書の第8章「創世記・ノアの洪水」、ノアが放った鳩がオリーブの小枝を持ちかえり、これによって洪水が終わったことを知ったという話は有名ですね。これが、キリスト教世界における、鳩=平和の由来とされているよう。古代ギリシャ・ローマ時代から鳩とオリーブは無垢と平和の象徴として用いられいるということですから、その起源はかなり古いようですね

そして、世界に広まったのは、1949年、パリ国際平和擁護会議で、ピカソのデザインによる鳩のポスターが作られてから、ということらしい

公園に鳩が群れている光景は、飢餓や食料難などの心配のない、まさしく、平和の象徴なのかも、しれません。。
by cocobear-riko | 2010-06-11 01:49 | 4e | Comments(0)
Notre Dame de Paris




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ノートルダムの手前は警視庁、外壁工事中でした
東京駅(同じく工事中、2011年完成予定)もマネしてほしい・・
例えば材料費を支給して有志アーティストにアートしてもらうとか
あれじゃあまりにも色気がない、東京の玄関なのに・・
by cocobear-riko | 2010-06-03 01:29 | 4e | Comments(0)
lumiére
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今日の一枚は何にしようか・・見ていたら、早朝のパリ4区上空に虹?光りの環か・・
今日の東京は寒かった~><
でも、久しぶりの雨に、心身ともに、ほっとしています・・←静電気女;

以下、12区、7区、7区

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by cocobear-riko | 2010-01-13 00:55 | 4e | Comments(0)
Le Mouton(ル・ムートン) 雄ヒツジ -1853年-
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パリ4区のノートルダム橋。水難事故が多発した為、"悪魔の橋"と呼ばれていた。雄羊は犠牲(いけにえ)か・・

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パリの動物オブジェについて書いた連載雑誌にご興味のある方は、下記にて、お問い合わせご購入ください。好評にて売り切れの場合もあります。ご了承ください。

「JAPAN TEDDY BEAR plus Friends vol.53」 最終号
by cocobear-riko | 2009-02-16 22:03 | 4e | Comments(0)
Couvent des Célestins
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Boulevad Henri Ⅳ 沿いにライオンのレリーフを発見!スタルクもあったので撮影だけして帰国して調べよ、と思っていたら、、反射して読みとれない><。。苦笑


e0082110_23523930.jpg以下、スタルクより

かなりアバウトです

セレスタンの修道院跡地(?)。ここには15~16世紀に造られた石の大きな回廊がありましたが、フランス革命によって破壊されてしまい、1795年には全くなくなってしまいました。1895~1901年にかけて現在のような建物になりました。
by cocobear-riko | 2009-02-11 23:51 | 4e | Comments(0)
マレ地区最古の中世建物 Hotel de Sans(サンスの館)
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この日、私は、パリ4区の Rue de la Faisanderie(鷹匠通り) を撮影していました。
鷹匠が昔から好きです。前に両国の江戸東京博物館で鷹匠のデモンストレーション(放鷹術)を見たことがありますが、クマ鷹の気高さ、鷹匠の仕草の美しさに、ただただ見惚れてしまったことを、サンスの住人?ガーゴイルを見上げながら思い出していました。
鷹を愛し、知を働かせ、威によって鷹との世界をつくりあげ大自然の理にとけこんでいく鷹匠(引用)。格好いい通り(の名)です。そして、道すがらに見つけたのがサンスの館・・


e0082110_23125080.jpg以下、スタルクより

サンスの大司教は、リヨンの4番目の区としてパリの司教となり、1292年から、この館を、私邸として所有しました。1475年、大司教となったトリスタン・ドュ・サラザールは、その当時、パリの宮殿のより美しいフランボワイヤン様式に再建しました。
余談)曲線を多用した装飾、その姿が炎(フランボワイヤン)を思わせるところからこう呼ばれました。

パリは、1622年、大司教管区になりました。そして、サンスの大司教は、私邸としての利用を中止しました。 1689年~1743年、館は、再び、情報の、交通(リヨン、ブルゴーニュ、フランシュ・コンテの駅馬車、四輪大型馬車)の中枢となります。
余談)当時、旅はまだまだ危険な事とされ、出発前に遺書を書く習慣があったそう。

館は、缶詰工場、ジャムやガラスの製造所など、他の全く違った事業も成されました。パリの館は、1911年、サンスの館として買い戻されました。そして、フォルネイ図書館を設けて、修復されました。
余談)図書館の名は篤志家サミュエル・エメ・フォルネイにちなむもの。裕福な実業家だったフォルネイは、19世紀末、自らのコレクションと莫大な資金を職人の育成のためにパリ市へ寄贈しました。以来、工芸技術や装飾美術専門の図書館として、一般に公開されています。

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「サンスの館」は、あの王妃マルゴ(カトリーヌ・ドゥ・メディシスの娘。アンリ4世と政略結婚をさせられるが・・)もこの館に住んだことがあるそう。サン・バルテルミの虐殺では、マルゴの結婚式に集まったプロテスタント6000人が虐殺されていますが、映画「王妃マルゴ」をみましたが、虐殺シーンはやはり凄まじいものがありました。。宗教とは?世の中の本質って?、考えてしまいました。。館は人なり、サンス館は、史実を図書で語る語り部として、中世の姿そのままに存在し続けています。下の写真はサンス館の近所で見かけたレリーフ。何の職人でしょう??

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by cocobear-riko | 2009-02-11 23:40 | 4e | Comments(0)



Mariko TSURUTA, je suis créatrice d'animaux, d'ours en peluche. テディベア、動物作家の鶴田眞利子です。Tous droits reserves copyright(c) 1995-2017 Coquin Coquine Bear 
by cocobear-riko
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