波止場神社と鶴田の家と高崎山のお猿さん

7月4日に義母が他界し、この一週間、東京-別府-熊本-別府-東京と、巡っていました。
想いを遣す為に本業サイトのdiaryとfacebookにもこの一週間の出来事を記しておりますが
今は、8月1日の別府での"お別れ会"に向け、思慕の念を抱きつつ、日々を過ごしています。
こういう心持のある時の一日のなんと深く長いことか・・
※渡仏は延期にしました

写真はまだ義母を見舞った時に撮ったもの。この時はまだ義母はこの世に居たのだと思うと
感慨深いものがあり、ココにも残しておきたいと思うようになりました

波止場神社は、長崎港、博多港と並んだ旧別府港の名残。境内には大きな松の木があり
その奥の白い建物、岡嶋医院(親戚)に、義母は入​院していました


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当時、北浜のこの辺りはイリコの干し場で、妙見山に松林​をバックに鶴田家が一件建って
いただけでした。鶴田家は、明治時代に"兵網"と呼ばれ、別府一の網元として大分県の
水​産業に貢献しました。二代目は旅行業に転進。現在は四代目(義兄・浩一郎)が、ホテル
と今では地域の文化遺産の本宅を受け継ぎ、別府市の発展を祖先とともに見守り続​けて
います。玄関欄間の木彫りは先祖の手作り。応接間入り口には装飾用の付柱とコリント式
柱頭など、和洋折衷の造りは当時もとても斬新だったことでしょう


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高崎山へは、義母を見舞っている間に夫と出かけました。私は小学校以来の来園。
猿山は出産シーズンで赤ちゃん猿がたくさん。
よちよち歩きの子猿を見守る母猿。断乳中の親子猿。乳離れできない少し大きい子猿さん。
私は(夫もたぶん)、親のこと、子育て中のことを、懐かしく思い出していました。
まさかこの日の夜に義母が亡くなってしまうなど誰が想像したでしょう。。
高崎山でのひと時は、義母からの最期の贈り物だったように思えてなりません・・

携帯を見ればお義母さんからのはんなりとしたメールがまだ残っていたり、家のあちこちから
お義母さんからの達筆な字で書かれた手紙が出てきて、その度に時間が止まります


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by cocobear-riko | 2011-07-14 01:13 | いろいろ | Comments(0)

Mariko TSURUTA, je suis créatrice d'animaux, d'ours en peluche. 動物・テディべア作家の鶴田眞利子です。いよいよ今秋「パリの街角動物」出版です。 よろしくお願いします。Tous droits reserves copyright(c)1995-2017


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